吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

わたしたちが火の中で失くしたもの

著者:マリアーナ・エンリケ
翻訳:安藤哲行
出版社:河出書房新社


「寝煙草の危険」が面白かったので熱が冷める前に読む。


アルゼンチンのホラー・プリンセスと呼ばれる著者だが

「寝煙草の危険」同様、自分の思うホラーという括りには収まらない作品ばかりだ。

社会問題が背景にあるが故に子供や女性たちを取りまく境遇は

憂鬱なうえ不穏な描写が容赦無い。

確かにホラーだなと思える作品もあるが、受け取り方に戸惑う作品も多い。

「汚い子」「隣の中庭」「わたしたちが火の中で失くしたもの」が印象的だが

気づかなかった傷がチクチクと痛みだすような妙に落ち着かない気分になる。


もしや日本も徐々に同様な状況に向かっているのでは?と不安に駆られる。

自分であれ他人であれ、心の中にある闇に気付いた時、

いや気付いてしまった時の戸惑いは、知らぬ振りするしかないのだろうか。


【収録作品】
    「汚い子」
    「オステリア」
    「酔いしれた歳月」
    「アデーラの家」
    「パブリートは小さな釘を打った」
    「蜘蛛の巣」
    「学年末」
    「わたしたちにはぜんぜん肉がない」
    「隣の中庭」
    「黒い水の下」
    「緑 赤 オレンジ」
    「わたしたちが火の中で失くしたもの」

 

江戸咎人逃亡伝

著者:伊東潤
出版社:徳間書店


佐渡、花街、奥深い山で繰り広げられる逃亡劇など3篇の逃亡、追跡が描かれる。

逃亡と言えば吉村昭さんの「長英逃亡」「破獄」などが思い浮かぶ。

客観的に読む逃亡を扱う作品はとても面白いが、

理不尽に逃亡を余儀なくされる人の気持ちたるや如何ばかりか。

特に「放召人討ち」のようなまるでゲームを楽しむかのようなことは

実際にあったのだろうか?

言いがかりのように罪を着せられ、組織的に狩りの対象となってしまうって。

追跡側、逃亡側それぞれ緊張感を保ち続けたまま描かれていて読んでいる側は

楽しめるのだが、何だかなあ。

吉原から姿を消した花魁の足取りを追う「夢でありんす」は

予想外の展開も含めて異色だが読み心地は良かった。


【収録作品】
 「島脱け」
 「夢でありんす」
 「放召人討ち」

カーテンコール

著者:筒井康隆
出版社:新潮社


25の掌編集。

うち2編は「ジャックポット」からの再収録のため既読。

表紙はとり・みきさんだった。


かつての毒はだいぶ薄まり哀愁を感じる作品多め。

「プレイバック」「カーテンコール」はまるでご自身の見る走馬灯を

共有させてもらっている感じ。

締めの「附・山号寺号」は「バブリング創世期」を思い出す。

筒井流の読経のようにも思えたが考え過ぎ?

「コロナ追分」は題名通り最近のコロナ禍の様々を扱っていて

まだまだ毒気が残っていることに安心する。

「プレイバック」で星、小松などの名が出てきた時、不意に感情が揺さぶられた。

多くの仲間が逝き、一人踏ん張っている姿が浮かぶ。

これが最後の作品とのことなのでつい走馬灯とか読経とか書いたが

多分、きっと、まだまだ絶品の毒をばら撒いてくれるのではないかと信じている。

 


【収録作品】
 深夜便/花魁櫛/白蛇姫/川のほとり/官邸前/本質
  /羆/お時さん/楽屋控/夢工房/美食禍/夜は更けゆく
  /お咲の人生/宵興行/離婚熱/武装市民/手を振る娘
 /夜来香/コロナ追分/塩昆布まだか/横恋慕
 /文士と夜警/プレイバック/カーテンコール/附・山号寺号

 

フェルマーの最終定理

著者:サイモン・シン
翻訳:青木薫 
出版社:新潮社

 

フェルマーの最終定理

 

私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない

 

フェルマーの残したこの言葉から数多の数学者たちが様々なアプローチで

証明を試み積み重ねられた考察を紡ぎ合わせたアンドリュー・ワイルズ

証明を達成するまでの実に3世紀に渡る歴史が描かれる力作。

数学に苦手意識を持つ者にも分かり易い歴史は熱く、ぐいぐいと引き込まれる。

名だたる数学者たちの挑戦の内容に関しては正直なところ理解できないが

それらを理解できる人たちは一握りの数学者たちのみなのだから

気にすることは無いでしょう。

証明に大きく寄与した二人の日本人数学者の「谷山-志村予想」では

その背景、人間性、人生までも簡潔に語られそれだけでも読みごたえがあったが

他の数学者たちの物語もまた読ませるものだった。

著者はもとより翻訳者の力が遺憾なく発揮された結果と断言できる。


実は長期間積んでいながら臆していたことを後悔している。

兎にも角にも読めて良かった。

 

寝煙草の危険

著者:マリアーナ・エンリケ
翻訳:宮崎真紀 
出版社:国書刊行会


アルゼンチン文学として評価の高い女性作家マリアーナ・エンリケスの初読み作品。

12編のスパニッシュホラーの短篇集は期待以上だった。

生々しい匂いと湿度を感じさせる不穏さは心の中に巣食う様々な感情が

具象化されたり気付いてしまった時に感じるタイプの恐怖とでも言おうか。

アルゼンチンの抱える社会的背景に詳しく無いが、

解説にもあるように社会不安が色濃く影響していることが窺い知れる。

行方不明扱いとなった死んだ子供たちの帰還、

死体を食む少女たち、

町を呪う老人、

何かを訴えかける赤ん坊の幽霊、、、、

犯罪や貧困、政情の不安定さをバックボーンに生み出されたと考えると

ただのホラーとは一線を画すものであることが理解できる。

(アルゼンチンの「汚い戦争」をざっと調べるだけで憂鬱になる)


ラヴクラフトスティーヴン・キングなどの影響を受けたようだが、

解説にある著者の言葉として

「私たちの現実はすでにホラー要素満載だったから」

という言葉の意味が考えさせる。

 

第二短編集「わたしたちが火の中で失くしたもの」が先に翻訳されていたらしく

好評のため第一短編集の本書が出版されたらしい。

勿論「わたしたちが火の中で失くしたもの」も読むことは決定です。

 

【収録作品】
 「ちっちゃな天使を掘り返す」
 「湧水池の聖母」
 「ショッピングカート」 
 「井戸」
 「悲しみの大通り」
 「展望塔」
 「どこにあるの、心臓」
 「肉」
 「誕生会でも洗礼式でもなく」
 「戻ってくる子供たち」
 「寝煙草の危険」
 「わたしたちが死者と話していたとき」  

 

入門 山頭火

著者:町田康
出版社:春陽堂書店

 

勿論の事、山頭火は名前しか知らないが町田さんが解説してくれるならと入門。

実はご自身も知らなかったらしく

「物書きの看板を上げておきながら山頭火も知らないでどうする。

世の中をなめているのか。殺すぞ」

と言われたことがきっかけだとか。

町田さんなりの解釈と考察の語りはまさしく入門と呼ぶにふさわしく、

そのうえいつもながらの町田節が楽しい。

「まつすぐな道でさみしい」

「どうしようもないわたしが歩いている」

「分け入つても分け入つても青い山」

など山頭火の自由律俳句は一見自分でも書けそうな気になるが、

実際に考えてみると陳腐で世の中をなめてるのですかと詰められそうなので断念。

生き様や人間関係など厳しいバックボーンがあるからこその深い言葉なのだ。

例えそれが自業自得であったとしても。


母親や弟の死からの影響は同情するが、

酒に溺れ、行乞に逃避し、友人や家族への迷惑たるや如何ほどか。

にも拘わらずサポートしてくれる人たちがいたのだから結構魅力のある人なのだろう。

何事も極限まで突き詰めないと後世に残る作品はできないということか。

半端者には決して理解できない世界なんだろうと思うも、

羨ましくない生き方であることも確かなのです。

兎にも角にも町田さんのおかげで山頭火の概要が知れたことに感謝します。

 

ハーレム・シャッフル

著者:コルソン・ホワイトヘッド
翻訳:藤井光
出版社:早川書房


「地下鉄道」「ニッケル・ボーイズ」に続く3冊目。

今までの作品と少しテイストが違い、ノワールなテイストが漂う。


3つの物語で構成される連作集となっている。

舞台は1959年~1964年、ニューヨークのハーレム地区。

家具屋を営むアフリカ系アメリカ人カーニーは従弟のフレディの尻ぬぐいで

盗品の売買にも絡んでいる。

表と裏の世界を行き来しながら生きる主人公と当時の時代背景を描き、

作者が今まで他作品でも扱ってきた人種差別をはじめとする様々な社会問題が

浮き彫りとなる。

実際にあった白人警官による黒人の少年の射殺事件なども織り込まれ、

厚みのある臨場感が伝わってくる。


登場人物たちとのユーモラスかつ諦観漂う会話が面白く、

物語に引き込む緩急の妙は流石。

警官やギャングや権力者や家族との間で翻弄されながらも

綱渡りしつつ逞しく立ち回るカーニーにハラハラしながら楽しめた。

題名はついストーンズを思い起こしてしまうが、内容をよく表わしている。


本作はどうやら3部作となる予定で第2弾が出版されているとのこと。

それも楽しみだが、2011年に出版されていて未訳の「Zone One」という

ゾンビを題材とした作品があるらしく非常に興味深いのだが

邦訳の予定はないのだろうか。