吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

黄金列車

著者:佐藤亜紀
出版社:KADOKAWA

 

ドイツ崩壊が近づく中で、ユダヤ人から没収した資産を管理するハンガリーの役人バログはその資産を退避するための「黄金列車」運行メンバーとなる。

混乱の中、生きるため、欲求のためあからさまに財産を狙うあらゆる人間たちに対し
可能な限りの役人仕事による抵抗と清濁併せ持つ判断が緊迫感を生む。

欲望を隠そうとしない人間たちをあざ笑うかのようなラストの「彼ら」の登場と小気味よい行動には意表を突かれたが、読後、ゆっくりと頭に細部まで浮かび上がる映像と「彼ら」の矜持に思わず目頭が熱くなり、余韻に浸る。

時折差し込まれるバログの妻とユダヤ人の友人の回想と憂鬱な現実の中で導かれるバログの決意。
本当に大切なものは何か、考えさせる。

不安定で絶望が迫る中でも僅かばかりの矜持と希望を捨てず、時に軽やかに生き抜く姿に共感する。

 

今年を締めくくるには良い作品と出会えたと思う。


2019/12/27読了

掃除婦のための手引き書  ルシア・ベルリン作品集

著者:ルシア・ベルリン
翻訳:岸本佐知子
出版社: 講談社
装幀:クラフト・エヴィング商會

 

現実なのか想像なのかいずれにしても到底浮かばない表現力、比喩力が凄い。
フォーカスされた状況を簡潔な文章で描き出しているがために理解できずにスルーしてしまうとより分からなくなるので読み返すことも多かったが、突然一言で何が起きているのかが分かったりする面白さ。
著者自身の経験が反映されていることがジワリとわかり、フィクションとノンフィクションの間を彷徨うことになる。

厳しい現実に対し飄々と乗り越えているように見えたり、
受け入れる強さや、諦観を滲ませたり、仄かな明るさを感じさせたり
それぞれの短編は様々な人間臭さを浮かび上がらせるが、
最後の一文で改めて現実を突きつける鋭さに驚かされる。
読み手が突き放されるという感覚もある。

表紙の写真は著者とのことだが、とても雰囲気があり、読み終わるとより味わい深く見える。
装幀はクラフト・エヴィング商會だし、翻訳は岸本さんだし、やっぱり文庫になったら買います。

岸本さんのあとがきで岸本さんのアンソロジー楽しい夜」にルシア・ベルリンも掲載されていたことを知った。
調べたら「火事」という作品で、初読み作家さんだと思っていたがすでに読んでいたんだな。
読んだ当時の感想では言及していなかったけど。。。
これからも岸本さんの翻訳本を楽しみにしたい。

 


2019/12/22読了

黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄

聞き手・構成:春日太一
出版社:文藝春秋

 

奥山和由といえば松竹解任のごたごたが思い起こされるが、なぜそれが起きたかは
本書に詳しい。
ただし一方的な見方なので、松竹側からの反論も聞きたい。
良しにつけ悪しきにつけアクの強い人であることは確かで、クセのある人だらけの世界でやりたいことをやるにはこれくらいじゃないと難しいのでしょう。
映画の世界の裏話や人間関係、面白いエピソードが満載で奥山和由の映画に対する熱意は充分感じられた。

松竹に居ながらにして松竹以外の人脈で映画を作り、今のファンド形式の基礎を作ったことは映画界にとって意義のある変革だったのでしょう。
松竹は面白くなかったかもしないが。

北野武五社英雄深作欣二らの関係や、それぞれのキャラクターを独特の角度から知れたのも新鮮。
梅宮辰夫の病気の話を読んでいた時に悲報が流れたのには驚いたが。
ロバート・デ・ニーロと親交もあり、いつか映画を一緒に作ることがあるのでしょうか。

大物ばかりの親交の中にあって金子正次に言及していたのが印象的。
直接的にはかかわらなかったようだが金子正次の「竜二」は大好きな映画だったのでうれしかった。
ずいぶん前に古本屋で「竜二」を購入したまま読んでいなかったことを思い出したので読まないと。
それから樹木希林との話はよかった。
樹木希林の映画に対する姿勢や仲間に対する思いが素晴らしく、格好いい人なんだなあ。


インタビュー形式なのである程度の読みにくさは仕方が無いとは言え、
事情を知らないとわからないこともあり、せめて最低限の注釈も欲しかったかな。
熱量を感じることはできるんだけど、もう少し優しい構成にしてほしかった。
あと、校正ミスがいくつか気になったかな。

いずれにしてもプロデューサー奥山和由とその周りの監督たち、様々な分野のスタッフたちの映画に対するクレイジーさ、真摯な姿勢、矜持が十二分に伝わってきたことは間違いない。


2019/12/15読了

オーバーストーリー

著者:リチャード・パワーズ
翻訳:木原善彦
出版社:新潮社

 

アメリカの原始林にそびえる大木を開発による危機から守る人たちの戦いが描かれる。
と書くと単純な話しになってしまうが、第一部の登場人物たちの物語がそれぞれ面白い。
栗の木の写真を代々撮り続ける男、感電死から蘇生した女子大生、半身不随になったプログラマー、木のコミュニティに関する論文を発表し、追放される研究者などのバラバラな物語は、これが今後どのように繋がるのだろうと期待させる。
第二部で大木の伐採を阻止しようと集合する人たちの戦いは環境保護を過激に訴える人たちとして描かれ、彼らの運命は徐々に変転していく。
淡々と読める文章で、最終的に地球全体の運命を描こうとした大いなる野心作だと思う。

パワーズを読むのはデビュー作「舞踏会へ向かう三人の農夫」以来。
色々な視点の切り替えで気が付くと大きな意味で二十世紀を活写した作品でなかなか読みごたえがあったため本作(ピュリッツァー賞を受賞)はかなり期待していたが、「舞踏会~」のほうが好きな作品でした。

各人物たちのストーリーは、短編でありながらもう少し読みたいなと思わせるものだったが、環境団体の行動にあまり共感できなかったせいか少し引いて読んでいた。
もちろん気持ちはわかるし環境問題は大事だが、では何ができるか?と問われると、
結局ゴミの分別をしていることで環境問題を考えているふりをしている自分に気づいて何も言い返せないし、これぐらいならいいかな?と自然破壊に加担している一味でしかないのだ。

ただこの後味の悪い、気まずい気分を味わうことを多くの人が少しずつ持つことがまず大事なのかな?

と、自分を擁護してみる。


2019/12/9読了

ぐるぐる問答(森見登美彦氏対談集)

著者:森見登美彦
出版社:小学館

 

読み損ねたので文庫でゲット。
伊坂幸太郎との対談などが追加されているのでちょっとお得。
同業者同士の対談もいいけど色々な分野の人との会話で普段よりテンションの高いモリミーが出ていた気がする。
万城目学との仲良しな会話は楽しんでる感じが伝わってきて、それぞれの作品のことを語ってくれるので、読んだ作品を思い出しながらちゃんと感じ取れていたなとか、そんな裏話があったんだなとか色々楽しめた。
大好きな本上まなみとの対談は嬉しかったでしょうね。
思い続けているといつか成就するもんなんだなあ。
伊坂幸太郎は「クジラアタマの王様」とか「フーガはユーガ」出る前の対談だったみたいだがモリミーが「SOSの猿」とか「魔王」が好きだと知ってちょっと意外。
7時間に及ぶ対談だったというのだから、存分に語り合ったんでしょうね。
印象的なのは飴村行との対談。
未読の作家さんで粘膜シリーズの存在を知っているくらいだったのだが
村上龍の「五分後の世界」とかだけでなく、ゼロ戦の名パイロット坂井三郎さんとか吉村昭とかのノンフィクション系を評価していて、好みが似ている!と思い、読んでみようかと悩み始めている次第。
ついに読む時が来たのか?粘膜人間。

 

2019/11/29読了

 

無人の兵団 ― AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争

著者:ポール・シャーレ
翻訳:伏見威蕃
出版社:早川書房

 

ネットが繋がらなくなって焦った週末。綱渡りで仕事に影響がなくてホント良かった。

 

近頃何かにつけてAIが取り沙汰されるが、ターミネーターのような世界がいずれ来るのだろうか?
と考えたことがある人は多いのではないだろうか。

自律型ロボット兵器の現在と未来をかなり詳細にこれでもかという情報量。
取っ付き難そうだがターミネーターなど引き合いに出されていたり、レンジャー部隊に所属していた著者の体験に基づいた考察は説得力があり分かりやすい。
人間がAIを搭載した兵器をどのように管理すればいいのか、どこまで共存できるのか、そして任せてしまう局面や、それをどのように抑止することができるのか、倫理的にも法的にも技術的にもとても難しい議論が必要になるが、本書では丁寧かつ根気よくそれらを考察している。

自律型兵器を手に入れた人間の運用次第で途轍もない悲劇が起きるかもしれないし、微妙な均衡による抑止にもなるかもしれないし、核兵器の扱いと同じような状況を想定すべきなのだろう。

自国の兵士の安全のために自律的兵器を導入し、敵国の兵士を倒すことに果たして正義はあるのだろうか?
自律型兵器同士の戦いも起き得るし、テロにだって利用され得るよな、とか、読みながら様々なシミュレーションが浮かんでくる。
アニメやSFの世界は既にそこにあるのだ。

兵器の是非を含め正しい答えなど決して導き出せないが、必ず、それも遠くない時期にそれらの兵器が主役となることは確実なのだ。
今のうちに、そしてずっと考察を続けることは人間として絶対ににやめてはいけないことなんだと思う。

どのような世界においてもテクノロジーの進歩とともに人間の考え方も進歩していかないとスカイネットに制圧されてしまう日がやってくるのかもしれないなと、結局進歩しない思考に戻ってしまうのでした。

でもさ、ターミネーターだって案外人間のアナログな抵抗が通用したり、
大友克洋AKIRAに出てくる炭団だって少年たちにあっさり制圧されてたり、
2001年宇宙の旅のHAL 9000だって停止できたし、圧倒的な差があるものでも何とか知恵を絞れば対抗できるじゃん!
な~んて楽観的な考えが読みながら浮かんで来て、そこが生身の人間の強みじゃね?と思う部分もある。

う~ん、もう一回本書をまじめに読み直したほうがいいかもね。

 


2019/11/24読了

くらげが眠るまで

著者:木皿泉
出版社:河出書房新社

 

木皿泉の初期作品のシナリオ本。
年の差夫婦(イッセー尾形永作博美)のちょっとした日常が描かれるシチュエーションコメディー。
残念ながらこの作品は見ていないが、二人の顔や仕草が頭の中で綺麗に再生され楽しめた。
既読感のある作品があったが、何かで読んだかな?ムックとか?


死生観であったり、終末観であったり、他人を陰から気遣う方法等その後の作品にも受け継がれているエッセンスが散りばめられているのがよくわかる。
全ては木皿泉の二人の考えや気持ちが反映されているというか二人がそのまま表現されているといっても過言ではないでしょう。
人間臭く、相方へ向けられる優しさやさりげない会話が心地よくて映像があれば「すいか」のように何度も観るだろうし、観たい。

 

最近次々と木皿作品が読めるのが嬉しい。
まだ続くといいな。

 

2019/11/21読了