吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

リセット

著者:五十嵐貴久
出版社:幻冬舎


いつの間にか出ていた「リカ」シリーズも第7弾となりました。

リカの高校生の時の話しですが、相変わらず周辺の人間が次々と不審死を遂げます。

すっかり慣れてしまったのか、怖さはあまり有りません。

まわりに無視されても「あたしは結花じゃありません、リカです」と言い続ける

忍耐強いリカの言葉につい笑いそうになります。

あと、語り部の男子高校生はあまりにのんびりしていて危機感の無さに

イライラします。

シリーズ第1弾の「リカ」でも危機感の無い男が出てきたことが思い出されます。

最初の頃のリカは怖かったなあ。


でも、続くみたいなので第8弾も出たら読みますよ。

 

決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月

著者:秋場大輔
出版社:文藝春秋


まるで池井戸潤の作品を読んでいるような錯覚を覚えるノンフィクションだった。

LIXILで起きていたことは日経関連の記事で概要を読んでいたくらいで

結局内部抗争でしょ?くらいの印象だったが、こんな熱い闘いが展開されていたとは。


LIXILは大雑把に言うとトステムINAX新日軽東洋エクステリア

サンウエーブ工業が合併してできた会社。

そしてプロの経営者として、モノタロウを創業した瀬戸欣哉氏をCEOに迎え入れる。

その瀬戸欣哉氏がCEOを突然解任され、わずか3%の株式を握っているに過ぎない

創業家出身の潮田洋一郎氏と、ほぼ勝ち目のない闘いを繰り広げる。

罠にかけられ、解任される経緯がテンポよく描かれ、

奮闘する瀬戸氏に次々と援軍が現れる。

真実を知ってしまった以上は黙って見過ごせない、と動き始める人たちが熱い。

小説ではなく、登場人物全てが実在するノンフィクションなのだから

無責任な読者としては面白い。


解任した側が有利なうえ、次々と対抗処置を繰り出す潮田氏に何度も追い詰められる

瀬戸氏の粘りと精神力には目を見張るものがある。

できることは何でもする、諦めない瀬戸氏の姿には大いに勇気づけられる。


基本的に瀬戸氏側から描かれているため、一方的に潮田氏を悪役に見立てるのは

問題があるかもしれないが、姑息な手段で瀬戸氏を追い詰めた方法は決して

褒められたものではない。

大企業におけるガバナンスが効かないとどうなるのか、どうすれば良いのか

個人的にはあまり関係のない話しだが、とても勉強になった。

コーポレートガバナンスとは何ぞや。

そう思ったら非常に分かり易い教科書としてオススメ。

 

三体X 観想之宙

著者:宝樹(バオシュー)
翻訳:大森望/光吉さくら/ワン・チャイ 
出版社:早川書房

 

三体シリーズがあまりにも壮大な物語だったので謎が多いことは確かだが、

あの内容をかなり正確に把握できたうえ、短期間でよくもこれだけの解釈を創出し、

尚且つ読ませるレベルにした著者の力量には素直に拍手したい。

劉慈欣の硬質な文体に比べると柔らかいので読み易かった。

神のレベルまで成長した雲天明(いや、著者だね)の女性に対する

向き合い方というか妄想には苦笑いものだが、

劉慈欣の公認を受けたからOKか。


三体シリーズとして読むと納得いかないところもあると思うし

あくまで二次創作ということを念頭にしながら楽しむことが前提なので

必須の作品ではない。

興味のある方はどうぞ、という作品だが、二次創作のワリには悪くないですよ。

 

ユートロニカのこちら側

著者:小川哲
出版社:早川書房

 

「2010年代SF傑作選2」で読んだ「バック・イン・ザ・デイズ」 を

読んだことをきっかけにいよいよ読むことに決めた小川哲。

まずはデビュー作からということで本作を選ぶが、

この連作集の中に「バック・イン・ザ・デイズ」は収められている。

 

 

あらゆる個人情報を提供することで生活が保証される

実験都市アガスティアリゾートを舞台に関係者たちの様々な思いを描く。

視覚情報、位置情報、音声情報等、全ての情報を提供する生活など

息が詰まってとてもじゃないが無理。

と、思うが、積極的に引き渡して快適な生活を送れるのであれば

構わないと思う人たちが大勢いる。

AIで解析され、最適化された生活を快適だと考える人たちが集い、

運営会社も潤うという、既に現時点で似たようなことが起きているじゃないかと

思うとリアルな近未来を描いているわけで、ただのディストピア小説ではない。

1984年」などと違うのはAIに管理されることを自ら承認しているのだから

ディストピアと言いにくい。


当然、違和感で精神を病むものや結局リゾートを出る人たちも現れる。

反抗を試みる人たちも出てくる。

リゾートを作り出した側の人たちを含め、

様々な視点から淡々と描かれるリゾートは不気味で歪だが、

現代人が既に突きつけられている「自由とは何か?」

そのために「何を選択するのか?」と問われている気がする。

色々と考えさせる内容だが、深く考えるという行為自体がリゾートでは

破綻を招くことにるわけで、それがこの小説の怖さでもある。

 

2084年のSF

編集:日本SF作家クラブ

出版社:早川書房

 

「ポストコロナのSF」に続くアンソロジー

 

オーウェルが描いた「1984年」の100年後の2084年をテーマにしている。

23作家のうち、ほぼ未読作家さんのなか、逢坂冬馬、高野史緒の名前があり、

何とかなるかと見切り発車で購入。

各作品はどれもそれほど長くないが、分厚くてそこそこ時間がかかった。

1984年」を意識するが故にディストピアな作品ばかりなので

つい時間を置いてしまったというのもあると思う。

『仮想』『環境』『火星』等々、カテゴリ(テーマ)が設定されており、

同じカテゴリの作品は既読感が湧いてしまい少し混乱した。

比較する面白さもあるが少し時間が経ってから読むとね。

最近、SFのアンソロジーが多めというのも原因か?


特に楽しめたというか良かったのはの下記の6作品。

「目覚めよ、眠れ」、「フリーフォール」、「The Plastic World」、
「黄金のさくらんぼ」、「至聖所」、「BTTF葬送」、「未来への言葉」


全てが面白かったわけではないが、知らない作家さんの作品に

気軽にアクセスできるアンソロジーは嬉しい。

 


【収録作品】

池澤春菜     まえがき

『仮想』
福田和代    :「タイスケヒトリソラノナカ」
青木和    :「Alisa」
三方行成    :「自分の墓で泣いてください」

『社会』
逢坂冬馬    :「目覚めよ、眠れ」
久永実木彦 :「男性撤廃」
空木春宵    :「R__ R__」

『認知』
門田充宏    :「情動の棺」
麦原遼    :「カーテン」
竹田人造    :「見守りカメラ is watching you」
安野貴博    :「フリーフォール」

『環境』
櫻木みわ    :「春、マザーレイクで」
揚羽はな    :「The Plastic World」
池澤春菜    :「祖母の揺籠」

『記憶』
粕谷知世    :「黄金のさくらんぼ」
十三不塔    :「至聖所」
坂永雄一    :「移動遊園地の幽霊たち」
斜線堂有紀 :「BTTF葬送」

『宇宙』
高野史緒    :「未来への言葉」
吉田親司    :「上弦の中獄」
人間六度    :「星の恋バナ」

『火星』
草野原々    :「かえるのからだのかたち」
春暮康一    :「混沌を掻き回す」
倉田タカシ :「火星のザッカーバーグ

榎木洋子     SF大賞の夜

まっとうな人生

著者:絲山秋子
出版社:河出書房新社

 

精神病院からの脱出行を描いた前作『逃亡くそたわけ』から十数年が経ち、

花ちゃんとなごやんはあれからお互いに家族を持ち、偶然岡山で再会する。

前作から随分経過したが、方言を効果的に織り交ぜながらの会話は変わらず和む。

少しだけ感情が盛り上がるとつい出てしまう方言によって少しニュアンスが

柔らかくなり時に笑いを誘うが、感情が昂ぶるときの方言は緊張感を醸し出す。

このあたりの表現は巧い。

コロナ禍で双極性障害と向き合いながら普通に暮らす姿を綴る絲山さんの言葉は

同じコロナ禍を体験をしている読み手に寄り添い、心地よいが時にドキリと

させられる。

マスクや消毒液を求めて薬局を彷徨い、友人どころか家族と会うのも

躊躇する日々に何を思っていたか、思い出す。

コロナ禍での葬儀に関しても同様。

同調でき、代弁してくれると案外気持ちが落ち着くものなんだな。

第七波の最中にもかかわらず緊張感が薄らいでいるが、

世の中も自分もどのように変化していくのだろう。

とにかくどうであれ人生は続いていくのさと、本書を読んで改めて思う。

 

土地勘が無いのでちょっと可愛らしい地図は有難かった。

 

高く翔べ-快商・紀伊國屋文左衛門

著者:吉川永青
出版社:中央公論新社 

 

名前は知っているようで実はよく知らない人物だったが、

Wikiにもあるように架空の人物説がある位、謎が多いようだ。

一代で豪商となり、店を閉じてしまった経緯を追うと

著者特有の爽やかさもあって、まさしく快商。

魅力的な人物ではあるが、感情移入はあまりできず、

施政者や材木業者の当時の考え方や慣習のほうが興味深かった。

 

次の作品、楽しみにしてます。