吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

怪虫ざんまい 昆虫学者は今日も挙動不審

著者:小松貴
出版社:新潮社 

 

かなりニッチな分野の昆虫に対する熱量が凄い。

いろいろな世界があるのだなあ。

井戸のポンプをひたすら漕いで忍耐勝負のプラナリアを探す姿は

想像するだけで奇妙で圧倒されそうだが、その執念には恐れ入る。

ただ、コロナで行動制限されたこともあり毒を吐くことも多く、

気持ちはわかるがお互い様なのでもう少し抑えて欲しかったかな。


虫の名前や姿も似ているので分かりにくいのだが、

写真やイラストがもう少しあると嬉しかったかな。

まあ、素人にはどちらにしても理解が難しいか。

とにかく知らない世界を垣間見れたし、楽しめたことは確かです。

 

骸骨:ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚

著者:ジェローム・K・ジェローム
翻訳:中野善夫
出版社:国書刊行会 


「ボートの三人男」以外の作品を知らなかったし、意外な分野でもあり

好みの内容らしいし、これは読まねばと思ってから少し時間だ経ってしまった。


幻想、怪奇、ディストピア、ファンタジーと幅広い17の作品群で予想外の多才ぶり。

「ボートの三人男」と通じるイギリス人特有のユーモアを感じさせる

「食後の夜話」からはじまり、スプラッターな「ダンスのお相手」に

続くあたりのメリハリは良い。

表題作や「牧場小屋の女」などはオーソドックスながら読ませる。

幻想的な恋愛を描く「二本杉の館」も良かったが、

宗教絡みの作品はちょっと理解しにくかった。


「ボートの三人男」の古いユーモアは人を選ぶが、

本作は色々なタイプの作品があるのできっとお気に入りの作品と

出会えるのではないだろうか。

 

 

「食後の夜話」/「ダンスのお相手」/「骸骨」/「ディック・ダンカーマンの猫」/
「蛇」/「ウィブリイの霊」/「新ユートピア」/「人生の教え」/「海の都」/
「チャールズとミヴァンウェイの話」/「牧場小屋(セター)の女」/
「人影(シルエット)」/「二本杉の館」/「四階に来た男」/
「ニコラス・スナイダーズの魂、あるいはザンダムの守銭奴」/
「奏でのフィドル」/「ブルターニュのマルヴィーナ」

 

嘘と聖典

著者:小川哲
出版社:早川書房


著者初の短編集、6編。

父と子の関係にSF的要素である過去と現在を掛け合わせた内容が多かったが、

マジシャン、競走馬、音楽、歴史改変など舞台設定が独特。

タイムマシンとマジシャンの組み合わせが嵌った「魔術師」は家族との関係まで

組み込んだうえ雰囲気もよかった。

テッド・チャンの作品を想起させる「時の扉」もヒトラーユダヤ人の一捻りが巧い。

競走馬の血筋と父子を重ね合わせるようなちょっと変わった題材も案外と読ませる。

音楽を通貨とする意外な切り口の「ムジカ・ムンダーナ」も結局は父子の話し。

ミニマム化、画一化されたファッションがまん延した世界で抵抗する男を描く

「最後の不良」は本作中でも特に変わった内容だが同調圧力への皮肉が効いている

反面結末に関しては弱い印象。

良くできたスパイものSFでもある「嘘と聖典」は緊張感が漂う。

今の世界で起きている事と重ね合わせて読むと、

エンゲルスマルクスを絡ませた鬩ぎあいは皮肉な結果に。

何とかならんかなあ、と夢想。


長編は著者の熱量がそうさせるのか冗長に過ぎる場面もあったが、

そのあたりを削ぎ落しているぶん、短編はどれも濃密な作品に仕上がっている。

 

血を分けた子ども

著者:オクテイヴィア・E・バトラー
翻訳:藤井光 
出版社:河出書房新社 


てっきり男性作家だと思って読んでいたら女性でした。SF短編7編とエッセイ2編。

詳しい状況説明がないためストーリーを理解するために少し戻りながら

繰り返して読みはじめたが、ぐんぐんと引き込まれる。

短編だけではなく、エッセイも読ませる内容で、著者のバックグラウンドと作品が

密接にリンクしていることがよくわかる。

作品ごとに自身のあとがきが添えられていたのも楽しめた。


全体的に面白かったが、表題作と「恩赦」が特に印象的。

ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞の三冠に輝いた「血を分けた子ども」は

地球外の生命体が人間の生存を保証する条件が繁殖を受け入れることで

人間側の葛藤と生命体の持つ愛情が見事に描かれている。


「恩赦」は集合体と呼ばれるこれまた地球外の生命体に

支配されている人類と通訳として集合体に雇われている女性の話し。

働くために面接に来た6人の人間との会話が現時点での世界が抱える問題と

リンクしているようでため息が出る。


エッセイは作品を補完するだけではなく、著者の熱量ががっつりと感じられた。

むしろ作品よりも響くものがあって、読めて良かった。


どの作品も重苦しいストーリーな印象だが、なぜか読後に引きずらない。

どのような状況であっても垣間見える希望を登場人物たちに感じるからだろう。


著者の新作が読めないのが残念。

 

ゲームの王国(上/下)

著者:小川哲
出版社:早川書房 


舞台はカンボジアカンボジアといえばポル・ポトが浮かぶが、

ポル・ポトの隠し子と言われるソリアと田舎の村で育つ天才児ムイタックが主役。

虐殺を免れるためにどう生き残るか、緊張の連続で史実に

かなり沿ったかたちで物語は進む。

不思議な能力を持つ人物が数人出てくるが、SFという感じはしない。

上巻はとにかく目が離せないまま。


下巻はいきなり時代が飛び、ソリアは国のトップを目指すべく政治家となっている。

一方、大学で脳波測定を研究し、ゲームを開発する教授となっているムイタック。

上巻とのギャップが大きくて戸惑う。

理想と現実の間で二人が迎えた結末は思いもしなかったが、

読後に上巻での二人のゲームのシーンと会話を読み直すと、

そこに全てが凝縮されていることが分かる。

登場人物の会話などの至るところに著者の思考というか思想が

散りばめられるがため、追いつくために頭の回路の温度が

多少上昇した気がするが(苦笑)、著者の思考の揺らぎが

迸るように表出しているがためだろう、多少粗さがあるも、

独特の雰囲気と勢いを感させる良い作品だった。

 

新しい世界を生きるための14のSF

編集:伴名練
出版社:早川書房


基本的に書籍化されていない新世代の作家を伴名練がセレクトしたアンソロジー

ほぼ知らない名前ばかりだが、バラエティに富んでいて案外楽しめた。

また、各作品に関連するジャンルのおススメ作品を伴名練がピックアップして

解説しているため、読みたい本が増えてしまうという特典付き(笑)

特に面白かったのが、下記5作品。

大正時代のお屋敷を舞台にした女性二人の運命を描いた「九月某日の誓い」、

中間言語が爆発的に影響を広げていく「くすんだ言語」、

ドンキが増殖するという驚きに満ちた設定の「ショッピング・エクスプロージョン」、

京都が蜘蛛の巣に覆われ、世界に・・「無脊椎動物の想像力と創造性について」、

子供たちが流れ星を見つけるために毎夜集まる理由が語られる「夜警」。

「くすんだ言語」と「無脊椎動物の想像力と創造性について」が特に好み。

奇しくも面白かった作品は増殖テーマが多めになってしまったがたまたまでしょう。


それ以外の作品も熊を主人公にした「冬眠世代」や

劉慈欣の「円」を彷彿させる「大江戸しんぐらりてい」など多様性があり、

今後の日本のSFもだいぶ期待ができそうだ。


乱暴な言い方かもしれないが、昔と違ってこれからのSFはより多様的になって

純文学とかミステリーとか違う分野と見紛うような作品が爆発的に

増えていくのではないかと思う。

そんな変化も楽しみ。

ただ、個性的な名前の人が多くてどう読むのかわからなかったりして

覚えられないのが難点(苦笑)

 

【収録作品】
八島游舷  :「Final Anchors」 
斜線堂有紀 :「回樹」 
murashit  :「点対」
宮西建礼  :「もしもぼくらが生まれていたら」
高橋文樹  :「あなたの空が見たくて」
蜂本みさ  :「冬眠世代」
芦沢央   :「九月某日の誓い」
夜来風音  :「大江戸しんぐらりてい」
黒石迩守  :「くすんだ言語」
天沢時生  :「ショッピング・エクスプロージョン」
佐伯真洋  :「青い瞳がきこえるうちは」
麦原遼   :「それはいきなり繋がった」
坂永雄一  :「無脊椎動物の想像力と創造性について」
琴柱遥   :「夜警」

 

新編 夢の棲む街

著者:山尾悠子
編集:今野裕一
装幀:ミルキィ・イソベ + 安倍晴美
人形・写真:中川多理
発行:ステュディオ・パラボリカ


収録作品が3篇+後記、中川多理が人形を添え、川野芽生が解説し

薔薇色の装幀で箱入りのまさにアートと呼べるコラボ作品。

少し離れたところにいた相方から「何その本は?」と

声をかけてくるくらい全てのページが薔薇色なので電車などでは読みにくいが

山尾悠子はそもそも集中しないと理解不能になりやすいのでそれも良し。

「夢の棲む街」と「漏斗と螺旋」に関しては既読だが、

本書を全て通して読むことでこの独特な世界観がより具体的に浮かび上がってくる。

人形の写真がきっちりとリアルに補足してくれる。


今まで決して山尾作品を理解できていたとは思えず、

歯痒い感覚を覚えながらそれでも魅了されてきたが、

ようやく、僅かばかりでも山尾悠子の世界観に入り込めた気がする嬉しさよ。


「夢の棲む街」が二十歳の頃に書かれているというのは今でも信じられないが、

才能というのは生まれながらにして授かっているものなのだろうか。。。

 

●収録作品
「薔薇色の脚のオード」
「夢の棲む街」
「漏斗と螺旋」

●解説
「薔薇色の、言葉と肉」:川野芽生
『新編 夢の棲む街』 後記:山尾悠子