吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

ハヤブサ消防団

著者:池井戸潤
出版社:集英社


ミステリ作家の三馬太郎は、父亡き後の実家に移住し消防団に勧誘される。

ハヤブサ地区での新しい生活の様子や人間関係がかなり長めに描かれているので

ちょっと退屈だったが、連続する火事を調べると

次々と謎の事態に巻き込まれていくあたりから物語が動きだし、

太陽光パネルの不審な営業マンや宗教団体の関係者などが目まぐるしく登場する。

誰か敵か味方か、色々なパターンが考えられるが、

ちょっと信じすぎじゃないかなあ、そこまでこの人に話してもいいのかな?

と思わせる主人公の人の好さはヤキモキする。

太陽光パネルだけでも十分に話は展開できそうだが、

そこにオウムを思い出させる宗教団体が絡んでくることで複雑化し、

前半と後半では雰囲気がガラッと作品の印象が変わってしまった気がする。

統一教会問題を考えるとタイムリーな内容とも言えるが。

締めへの引き込み方はやはり上手で急速に面白くなったが、

一連の真相は想像の域を超えることは無くちょっと残念。

多分、色々と詰め込み過ぎたかな。

コンパクトな話にしていればシリーズ化もできそうな気がするが、

大きな事件が何度も起きる田舎は不穏過ぎて落ち着かないから難しいかも。

 

一睡の夢-家康と淀殿

著者:伊東潤
出版社:幻冬舎


関が原を描いた「天下大乱」に続き、その後の大阪の陣までの

家康と淀殿(茶々)の戦いが描かれる。

立場は違えど静謐を求め、子供を案じる親の心情は共通するもの。

秀忠に盤石な体制を引き継がせようとする家康と、

豊臣家のプライドを維持しながら秀頼を守ろうとする茶々の葛藤は

共に人間味を感じさせる。

「天下大乱」同様、丁寧な心理描写は流石。

大局的に物事を見通すことができない秀忠への焦りがありつつ

徐々に成長する様に安堵してみたり、また新たな心配事にヤキモキする

家康の人間臭さは共感を覚える人も多いのでは?

一方、成長著しい秀頼をいつまでも子供として見てしまい、

先頭に立って豊臣家を守ろうとする茶々は家康の老獪な圧力に苦しみ、

追い詰められていく。

時代の流れに抗いながら母として武家としてプライドを持ち続ける様は

今の時代から見ると受け入れにくいかもしれないが

徳川幕府への切り替わる瞬間を見事に描き出してもいる。


今年まだまだ家康本は増えるだろうが、この2冊を抜く作品は果たして出るだろうか?

 

朝日新聞政治部

著者:鮫島浩
出版社:講談社


元朝日新聞の記者が実名を出しながら朝日新聞の実態を描いている。

慰安婦報道」における虚偽、誤報とされた福島原発事故「吉田調書」、

「池上コラム掲載拒否」など、数々の失態は朝日の凋落を加速した。

社内政治に明け暮れ、権力を監視する側から権力側になってしまったメディアに

誰が信頼を寄せるだろうか。

「吉田調書」絡みで退社した著者の戦いは理解できるし大変だったとも思うが

共感があまりできないのは何故か。ということだ。

肝心なところがはぐらかされている気がする。

自分を曝け出しているようで著者にとって都合の悪いところを

隠しているような気がしてならない。

官僚体質の会社に長年在籍することで身についてしまったエリートの

保身があるのではないか。

そんな気持ちがどうしても拭えずに読み終えた。


ただ著者が先頭に立って調査報道に切り替えようと奮闘したことは評価できる。

上層部を含め、朝日の体質をひとりで切り崩すことができない描写は

生々しくて辟易とする。

驚いたのが著者が入社した時の上司の言葉だ。

「権力と付き合え」

ちなみに当時の権力の対象は下記だそうだ。

経世会」、「宏池会」、「大蔵省」、「外務省」、「米国」、「中国」


メディアが情報を得るため、権力の懐に入り込むことはある程度必要かもしれない。

だが、権力に忖度していることが読者の目に見えてしまうような付き合いが

正しいとはとても思えない。

清濁併せ呑むにも程があると思うのだが。

今後、朝日を含む新聞業界というオールドメディアがどのように変わるのか、

変われるのか、ある意味楽しみだ。

 

カリストの脅威

著者:アイザック・アシモフ
翻訳:冬川亘
出版社 ‏ : 早川書房


何年も積みっぱなしだったので棚卸です。

アシモフ最初期の短編集。

各作品の前後に作品にまつわるエピソードなど本人による解説があり、

作品自体よりも興味深く読んだ。

デビュー間際の作品群で、あまり世の中に出回っていない作品が

集められたようで、やはりというか、それほど面白いわけではない。

いや、「混血児」などまあまあ面白い作品もあった。どっちだ。

題材が面白いのに中途半端に決まらない感じ。

昔っぽさは楽しめるが宗教や人種差別など地球で起きている問題を

宇宙にそのまま展開していて、そのうえ現代に継承されている内容は

普遍性はあるが物足りない。

前述のように本人による解説は面白いのだが。

ちなみに本人のエピソードではほとんどが没にされた作品のようだし。


まあ、お前に言われたくないわ! と怒られそうですね。


【収録作品】 
 「カリストの脅威」
 「太陽をめぐるリング」
 「一攫千金」
 「時の流れ」
 「おそろしすぎて使えない武器」
 「焔の修道士」
 「混血児」
 「秘密の感覚」

 

第二開国

著者:藤井太洋
出版社:KADOKAWA


奄美大島を舞台に過疎化が進む街に、巨大クルーズ船の寄港地として

誘致する計画が進み始める。

賛成派と反対派の対立やこの計画に不信感をもって動く公安などが絡み話は展開する。

著者が奄美出身だとは知らなかったが、奄美の人々の生活や考え方は著者の経験を

反映していると思われ、リアルなもの。

今までも様々な問題意識を織り交ぜたSF作品を書いてきたが、

そこからSF部分を抜いた感じ。


過疎化、移民など既に問題となっているが、自分も含め

多くの日本人は直視しようとしない傾向にあるように思う。

海外の巨大資本によるまさしく黒船状態で右往左往する人々の姿は

近い将来に起き得ることなので、近未来SF作品という解釈も成り立つかもしれない。


期待していたような作品では無かったのが残念だが(SFだと思ってたからさ)、

顛末が気になってぐんぐん読み進めることはできた。

ただ、公安の動き方が何ともお粗末すぎて非現実的なのが気になった。

流石に公安がこれほどお粗末な行動をとるとは思えないのだが。

 

家康が最も恐れた男たち

著者:吉川永青
出版社:集英社


今年は立て続けの家康関連本です。

家康が遺訓の本意を正しく理解させるため、過去に戦った武将たちに

それぞれ何を学んだかを林羅山に伝えるという連作集。

恐れた男たちは武田信玄織田信長真田昌幸豊臣秀吉

前田利家石田三成黒田如水真田信繁の計8人。

家康がステージアップたびに「最も」恐れた武将たちなので

8人いるのかい、などと題名にケチを付けてはいけない。

本書内で家康もその矛盾に言及していることだし(笑)

それにしても真田家で2人。やはり侮れない一族なんだな。


天下を治めるまでの忍耐力、敵味方を思うように動かす知略は

一朝一夕に手に入れたものではなく、頼りになる家臣団からの諫言を受け入れ、

恐ろしき敵の長所を自らのものに取り入れながら成長してきた様が語られる。

怒りに任せず、忍耐強く、敵への考察を重ね、時に寛容であることなど

自分の失敗や弱さを自覚しながら学ぶ、成長物語ということかな。

有名どころの武将が揃っているのでエピソードなど目新しさは無く、

各章はあっさりしているため、ある意味ビジネス書として読めた。


「天下大乱」同様、家康の心理的な部分にフォーカスされた作品が続いたが、

今後も戦闘シーンにあまり重点を置かない作品が増えるのかな。

 

天下大乱

著者:伊東潤
出版社:朝日新聞出版 


秀吉の死後から関ヶ原の決着までを徳川家康毛利輝元の視点から描かれる。

毛利や大阪方を操る石田三成が直接的には出てこないのは新鮮。

また、戦闘の場面はあっさりと描き、主に心理的な駆け引きや会話メインの展開は

じっくり楽しめた。

特に家康と側近の本多正信の厭らしいというか老獪な権謀術策の数々が

次々と嵌る様は憎たらしいほど。

一方、経験豊かな家康とその家臣団に対し、側近同士が敵対し、

纏まりに欠ける毛利家が崩され、最終的に勝つことができなかったのは

必然ともいえる。

秀頼が動こうとした姿を描いているが、確かにそれしか西軍が勝つ道は

無かったのだろう。

それらも踏まえて西軍を見事に抑え込むことができた家康の苦闘の結果は

その後の徳川長期政権という形で証明される。

読み応え十分な500ページを越える力作は、正月にどっぷりと堪能できました。