著者:吉村昭
出版社:新潮社
閉じこもる日々に逃亡ものを読むのはきついかな?と思いつつ、
こんな時期にこそ長編に挑むほうがいいかなと思い読む。
実はこれ、10年以上積んでいた作品なので、読めてほっとしている。
(上)
江戸後期、日本を代表する蘭学者、高野長英が蛮社の獄にて捕えられ入牢する。
劣悪の環境の中、医学の知識とバックアップしてくれる仲間たちの協力で
牢名主になるだけでもなかなかの波乱の人生だが、脱獄して逃亡を続ける決断は
なお一層の波乱を呼び込んでいく。
振り返ると自分で感じるくらいの天狗ぶりを反省したり将来を悲観したりの連続で
人間臭さも詳細に描かれる。
脱獄後の協力者が多いことには驚くが、類い稀な才能のみならず人間的にも信頼を
得ていたのだろう。
ただ、脱獄協力者のその後を考えると長英の気持ちが独りよがりにも
見えてしまうのだが。
あと2か月我慢していれば・・・なんという皮肉。
(下)
命を懸けたハイリスクにもかかわらず、多くの協力者が長英の逃亡を手助けする姿に
感嘆する。
全ての人が自分の立場や家、家族を犠牲にしてまで助ける関係でもないだろうに。
それに比べると長英は人に迷惑をかけないように配慮しつつ、新たに子供を作ったり
兵書の翻訳をするために江戸に戻ったりと危険を増やし続けていたように見える。
そして、そうまでして真剣に取り組んだ兵書の翻訳が自分を追い詰めるという
これまた皮肉。
社会情勢の変化もあり探索が緩む中、生活に困窮し医者としての活動を開始する
大胆さや呆気ない最後への過程は目が離せず、一気読み。
気が緩んでいたのか、疲れていたのか。気を張り続けるのは難しいものだ。
徹底した調査に裏打ちされ、感情を抑えた吉村文学の面白さを堪能した。
もっと早く読んでおくべきだったな。
スペシャルサンクス:fairwaywindさん