吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

同志少女よ、敵を撃て

著者:逢坂冬馬
出版社:早川書房

 

アガサ・クリスティー賞は初めて読んだが、賞の名称と本作の内容の印象が
だいぶ違った。

冒頭で、大木毅さんの「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」からの引用があり、
題名から受けていた印象よりも硬派な作品かも、と思わせる。
その後もいくつかのノンフィクション作品からの引用、及び
実在する人物がストーリーに絡んでくるため、
最後までノンフィクション的に読んでいた気がする。
事実、よく知らなかったが他国と違い、ソ連には女性を積極的に
戦場に送り、女性の優秀な狙撃手もいたようで、
史実に基づいているのだから強ち間違ってはいない読み方なんだろう。

oldstylenewtype.hatena


ドイツ軍に理不尽な理由で襲われた村で母や村民を殺された主人公セラフィマが
狙撃手として教育され、女性だけで構成された狙撃部隊のメンバーとして
過酷な戦場に送り出される。

戦場という極限の中で、いずれも家族を殺されたという共通点を持つ
少女たちの苦悩、友情、裏切り、絶望を描くだけではなく、
戦争というものがいかに人間を変えてしまうか、本当の敵とは何か、
正しい答えとは何かを読み手に突き付けてくるストーリーは目を離せない。

終盤に出てくるシーンで題名「同志少女よ、敵を撃て」の文字を見たときに
その瞬間もセラフィマとシンクロしていたつもりだったが、
収まりの悪い複雑な心境でもあったことに戸惑った。
戦争は人を変えてしまうのは確かだろうが、
社会が悪い、政治が悪い、会社が悪いなどと同様に、
曖昧なものに責任を押し付けているような妙に落ち着かない気分になった。

前半こそ冗長さを感じたが、後半には手が止まらなくなるような展開に
これがデビュー作というのが信じ難い。

遠い世界の出来事のように現実感が無かったが、
現在のウクライナ情勢を本書と重ねてみると、
急に身近なものになった気がする。
果たして敵はどこにいるのだろうか。