吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

ユートロニカのこちら側

著者:小川哲
出版社:早川書房

 

「2010年代SF傑作選2」で読んだ「バック・イン・ザ・デイズ」 を

読んだことをきっかけにいよいよ読むことに決めた小川哲。

まずはデビュー作からということで本作を選ぶが、

この連作集の中に「バック・イン・ザ・デイズ」は収められている。

 

 

あらゆる個人情報を提供することで生活が保証される

実験都市アガスティアリゾートを舞台に関係者たちの様々な思いを描く。

視覚情報、位置情報、音声情報等、全ての情報を提供する生活など

息が詰まってとてもじゃないが無理。

と、思うが、積極的に引き渡して快適な生活を送れるのであれば

構わないと思う人たちが大勢いる。

AIで解析され、最適化された生活を快適だと考える人たちが集い、

運営会社も潤うという、既に現時点で似たようなことが起きているじゃないかと

思うとリアルな近未来を描いているわけで、ただのディストピア小説ではない。

1984年」などと違うのはAIに管理されることを自ら承認しているのだから

ディストピアと言いにくい。


当然、違和感で精神を病むものや結局リゾートを出る人たちも現れる。

反抗を試みる人たちも出てくる。

リゾートを作り出した側の人たちを含め、

様々な視点から淡々と描かれるリゾートは不気味で歪だが、

現代人が既に突きつけられている「自由とは何か?」

そのために「何を選択するのか?」と問われている気がする。

色々と考えさせる内容だが、深く考えるという行為自体がリゾートでは

破綻を招くことにるわけで、それがこの小説の怖さでもある。