吉祥読本

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嘘と聖典

著者:小川哲
出版社:早川書房


著者初の短編集、6編。

父と子の関係にSF的要素である過去と現在を掛け合わせた内容が多かったが、

マジシャン、競走馬、音楽、歴史改変など舞台設定が独特。

タイムマシンとマジシャンの組み合わせが嵌った「魔術師」は家族との関係まで

組み込んだうえ雰囲気もよかった。

テッド・チャンの作品を想起させる「時の扉」もヒトラーユダヤ人の一捻りが巧い。

競走馬の血筋と父子を重ね合わせるようなちょっと変わった題材も案外と読ませる。

音楽を通貨とする意外な切り口の「ムジカ・ムンダーナ」も結局は父子の話し。

ミニマム化、画一化されたファッションがまん延した世界で抵抗する男を描く

「最後の不良」は本作中でも特に変わった内容だが同調圧力への皮肉が効いている

反面結末に関しては弱い印象。

良くできたスパイものSFでもある「嘘と聖典」は緊張感が漂う。

今の世界で起きている事と重ね合わせて読むと、

エンゲルスマルクスを絡ませた鬩ぎあいは皮肉な結果に。

何とかならんかなあ、と夢想。


長編は著者の熱量がそうさせるのか冗長に過ぎる場面もあったが、

そのあたりを削ぎ落しているぶん、短編はどれも濃密な作品に仕上がっている。