吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

邪悪なる大蛇

著者:ピエール・ルメートル
翻訳:橘明美/荷見明子
出版社:文藝春秋


久しぶりのルメートル。もうミステリーは書かないってか?

60代の女性の殺し屋マティルドが主人公。

凄腕だが、認知症の症状が出始める。

レジスタンス時代の上司アンリは殺し屋稼業の指示役でもあるが、

彼女の異変に気付いて暴走を止めようと考え始める。

認知症で自分の行動に疑問を持ちながらも凄腕っぷりで

次々と危機を切り抜ける主人公が小気味いいというか恐ろしいというか、

とにかく最後までハラハラさせられる。

まったくもって容赦ないルメートルはやはり面白い。


最後のミステリーとのことだが、作品自体はむしろ初期のものとのこと。

こんな作品を眠らせておいたとはもったいない。

読んでいる間、都合で2日程度読めず、再開した際に登場人物の

一人が思い出せず誰だっけ?状態に。

ついに来たか?と少々焦ったりしたが程なく思い出してほっとした。

まあ忘れっぽくなっているのは事実なのだが。。。


現実と妄想の間を彷徨う彼女の行動があり得ない展開のようで

有り得そうな怖さと可笑しさが混在していて

マティルド同様、ルメートルも凄腕なんだと実感した次第。

 

夜、すべての血は黒い

著者:ダヴィド・ディオップ
翻訳:加藤かおり
出版社:早川書房


第一次大戦、対ドイツとの塹壕戦を繰り広げるフランス軍に動員された

セネガル兵アルファは親友の死をきっかけに敵兵を倒す度に

狂気の儀式を繰り返す。

植民地から戦地へ集められ、友を殺され、

英雄から疎んじられる兵士となる変遷が

呪文のように繰り返されるフレーズと共に描かれる。

彼の残虐行為を通して本当の狂気は何だろうと思わざるを得ない。

終盤の展開は正直なところ一読では理解しきれなかったが、

全体を通して感じる独特の雰囲気はなかなか味わえないものだった。


ブッカー国際賞受賞作であり、高校生が選ぶゴンクール賞とやらも

受賞しているようだがフランスの高校生はこんな作品を?と思うも、

フランス人にとっては歴史も含めてより深く感じるものがあるのだろう。


それほど長くもなく、文字も大きく行間も広いという

視力の良くない自分には優しい作品だったが、

なかなか手強い作品でもあった。

 

コード・ブッダ -機械仏教史縁起

著者:円城塔
出版社:文藝春秋

 

東京オリンピックの開かれた年、とあるコードがブッダを名乗った。

そしてブッダ・チャットボットが説く機械仏教の変遷が本来の仏教の如く語られる。

以前読んだ短編集「AIとSF」でも感じたがAIと宗教は相性がいいのだろうか。

(その短編集に円城塔も名前を連ねていたが宗教の話では無かったような)

Linuxのごとく分派、バージョンアップしていく様は

最近読んだ「ムーンシャイン」でも似たような展開の作品があり

内容的には非常にわかり易く描かれている。

円城塔にしては、ということだが。。。


ところどころに仕掛けられているネタ(SF作品やアニメとか)が分かると

より楽しめるが、多分、当然、そのすべてを押さえているわけではない。

リズミカルに繰り返され、かつ、ふざけながらしれっと真面目で

核心を突いた語り口は流石の円城節。

得意の法螺話とプログラム、AIの抱える問題提起?はそのまま

宗教の歴史?と自然に重ね合わせることができる。

そして重ね合わせることができない。

知らんけど。

 

 

 

 

 

リャマサーレス短篇集

著者:フリオ・リャマサーレス
翻訳:木村榮一 
出版社:河出書房新社


二つの短篇集「僻遠の地にて」「いくら熱い思いを込めても無駄骨だよ」を合わせ

追加で1編、合計21編の短篇集。

著者初読み。

以前「黄色い雨」という作品を読もうと図書館で予約したが

一気に図書館本が揃ってしまい断念した記憶がある。

たまたま図書館で手に取ったら「黄色い雨」の作者と知り借りてみた。


ブラックユーモア的な作品が多めのような、物悲しい話しも多めのような

系統が今ひとつ定まらなくて戸惑うが、ついぐいっと読まされてしまう。

スペイン内戦に関連する話もいくつかあり、内戦の過去が多くの作品に

影響している模様。

いきなり現実を突き付けてくる終わり方をする「マリオおじさんの数々の旅」や

だんだんヤバイ方向に展開していく「遮断機のない踏切」や

「自滅的なドライバー」は好きか嫌いか自分でもわからないがとても印象的。

「依頼された短篇」に関しては予測がついてしまったというか、

こんなオチの作品を読んだことがあると思う。


全体的に暗めなのに変に重めに引きづることもないという短編集だが

とりあえずは評価の高い長編「黄色い雨」は読んでおきたいと思う。

 

【収録作品】

I 僻遠の地にて
 冷蔵庫の中の七面鳥の死体/自滅的なドライバー/腐敗することのない小説/
 夜間犯罪に対する刑の加重情状/遮断機のない踏切/父親/木の葉一枚動かんな

II いくら熱い思いを込めても無駄骨だよ
 ジュキッチのペナルティー・キック/マリオおじさんの数々の旅/
 世界を止めようとした男の物語/姿のない友人/いなくなったドライバー/
 行方不明者/依頼された短篇/尼僧たちのライラック/ラ・クエルナの鐘/
 暗闇の中の音楽/夜の医者/プリモウト村には誰ひとり戻ってこない/
 明日という日(寓話)

III 水の価値
 水の価値

 

わからない

著者:岸本佐知子
出版社:白水社


翻訳家の岸本佐知子さんには読書の幅をだいぶ広げていただいたので

とても感謝している。

その岸本さんが2000年以降に書かれた単行本未収録のエッセイ、書評、

そしてWeb日記がまとめられている。

明らかに妄想である記述もあれば本当か事実かがわからない内容もあり、

それが楽しい。

20年前からのこととはいえ、仲良したちとのパワフルかつ楽し気な飲み会の多さ、

フットワークの軽さには驚かされる。


「もう一度読んでみた」本の感想とか、書評とか面白かったが、

読んでいない本が多くて残念。

あと、メダカとの格闘の日々に関する話が印象的。

表現の仕方がなぜか突然ツボに入る感じ。


近いうちにまたルシア・ベルリン読ませていただきます。

それからリディア・デイヴィスの作品もね。

 

ムーンシャイン

著者:円城塔
出版社:東京創元社


久しぶりの円城塔はやはり手強い。

初期2編と近作2編計4編。

相変わらず普段あまり使わない部分の脳を刺激してくる作品たち。

特に表題作を含む初期2編はわかりにくいがその刺激が心地よい。

生まれ変わりを教義とする宗教団体の歴史を描く「遍歴」、

画像生成AIにおける問題点や止めようがない潮流を取り上げた

「ローラのオリジナル」の2編は最近の時事ネタでもあり分かり易い。


そして本人によるあとがきも面白い。

近頃真面目過ぎるらしい。

今回の4編を読むと確かに自由に飛び跳ねていた時期の作品と

世間というか周辺に気を配っていることで落ち着いた作品の違いがよくわかる。

落ち着いた作品は分かり易いので歓迎したくもあるが、

自身の本質は「ただの法螺吹き」であることを再確認した円城塔

大いに歓迎したい。

自分の脳みそのキャパを軽く越えていかれることはわかっているが、

それはこちらの問題だ。

これからも「ただの法螺吹き」であれ。

ラファティのように。

 


【収録作品】
 「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語
 「ムーンシャイン」
 「遍歴」
 「ローラのオリジナル」

 

兎の島

著者:エルビラ・ナバロ
翻訳:宮崎真紀
出版社:国書刊行会


マリアーナ・エンリケス「寝煙草の危険」と共に

スパニッシュ・ホラーと分類される本作だが、これをホラーと呼ぶには抵抗がある。

じゃあ何?と問われれば答えに窮する。

読んでいても何が書かれているのだろう?

という不穏な気持ちにさせられるだけでここで終わりなのか?

と唐突に突き放され途方に暮れる感じ。

その中でも表題作はある程度結末まで描き切っているため読み易かったし、

ウサギが増殖していく様の気持ち悪さが際立っていた。

ただ、よく考えるとウサギを島に放った男の気持ちの変遷のほうが怖いのかも。

いや気色悪さでは「歯茎」が印象的。

描写が生理的にちょっときついので多分読んでいて顔を顰めていた気もする。

自分の歯茎は大丈夫か?と不安に駆られる(苦笑)

耳から肢が生えてくる「ストリキニーネ」のようなある意味分かり易い

変な話しは好み。

 


【収録作品】
 「ヘラルドの手紙」
 「ストリキニーネ
 「兎の島」
 「後戻り」
 「パリ近郊」
 「ミオトラグス」
 「冥界様式建築に関する覚書」
 「最上階の部屋」
 「メモリアル」
 「歯茎」
 「占い師」

 

oldstylenewtype.hatenablog.com