吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

赤死病

著者:ジャック・ロンドン
翻訳:辻井栄滋
出版社:白水社


図書館で本書の存在に気付きました。

積んでいる「ジョン・バーリーコーン」「マーティン・イーデン」 があるのですが

薄くてすぐ読めそうだから先に読むことに。

出版のタイミングが2020年。コロナ禍を意識し「赤死病」を、

現在の中国を巡る情勢から「比類なき侵略」をセレクトし、

2作品を補完するかのようなエッセイ「人間の漂流」が収録されていると思われる。

いずれも1910年頃に書かれたにも関わらずあまりにも多い現代との共通点。

ジャック・ロンドンの洞察力には驚かされる。


■「赤死病」

 時代は2073年。2013年の発生した赤死病によって人類が滅ぶ様を

 生き残った老人が孫に話して伝える、という話し。

 すっかり野蛮になり果てた孫世代とかつて教授だった老人の

 噛み合わない考え方に嘆息してしまう。

 それでも人類は絶滅寸前から数百人まで増えている様子が語られ、

 破壊されたかつての階級制度が再構築され、人類復活の予兆を感じさせる。
 

■「比類なき侵略」

 人口増加により世界を飲み込もうとする中国は世界中から厄介な存在として扱われ

 欧米諸国により秘密裏に細菌兵器を使って中国を絶滅してしまうという理不尽。

 現在の中国の台頭を見透かしていたのか。


■「人間の漂流」

 上記2作品の理解をより深く補完するかのようなエッセイ。

 

 いずれの作品も1910年頃に書かれたにも関わらずあまりにも多い現代との共通点。

 ジャック・ロンドンの洞察力に驚かされる。

 日露戦争時に従軍記者として日本との関りがあったようだが、

 この時期にアジアに対する独自の視点獲得が作品に大きく影響していることが

 よくわかる。

 「野性の呼び声」、「白い牙」以来のジャック・ロンドンだが、

 本書をきっかけに未読作品を読み進めようかな、と思うのでした。

 

情報セキュリティの敗北史-脆弱性はどこから来たのか

著者:アンドリュー・スチュワート
翻訳:小林啓倫
出版社:白揚社


数多くの参考資料を丹念に辿り、黎明期から今に至る歴史と問題点を簡潔に

提示している。

コンピュータやネットワークの進化は当然セキュリティリスクの増加を

招くこととなる。

経済性や国家の思惑を考慮するとセキュリティリスクを無くすことはできないし、

それを助長するユーザの無知で無垢な行動も無くならないだろう。

それでもセキュリティを高めるためのイタチごっこや啓蒙は重要であり、

歴史を知ることはその第一歩なのでしょう。


今後もセキュリティ対策は必然だが、複雑化するセキュリティリスクのために

専任スタッフを用意することは余程の大企業(国家を含む)や

セキュリティ専門の会社、ホスティング会社以外では難しいだろう。

本書とは関係ない愚痴だがSELinuxを無効化したくなる気持ちを何度抑えたことか。

(いや、無効化したこともあったっけ・・・)


セキュアなサーバを構築するための技術的知識の取得と労力は

OSのバージョンアップや変更、システムの新規構築や変更のたびに必要となる。

完全にリスクを無くすためにはネットワークを使わず、

USBポートの無いコンピュータを利用するしか方法が無いのだから。

まあ、コンピュータだけではなく、電話による詐欺だって同じこと。

何であれ、便利さを求める限り、常に危険を意識することが肝要ということですね。

 

君のクイズ

著者:小川哲
出版社:朝日新聞出版

 

クイズ番組の決勝で対戦相手が問題を読む寸前にボタンを押し、正解する。

負けたプレイヤーはヤラセを疑いながらも、正解を導き出す可能性があるのか?を

考察しながら真実を探る過程が描かれる。

昔から早押しクイズは観ていると置いて行かれることばかりなので

決して楽しいとは思わなかったが、どうして問題が読まれる途中で分かるのか

不思議で仕方が無かった。

本作でかなり謎は解けたが、知識だけではなく、クイズの答えを導き出す道筋や技術、

出題側の心理まで読むところまで突き詰めるプレイヤーの執念には恐れ入る。

ある程度分かってみても宇宙人とか特殊能力を持った人にしか思えないな。

自分には絶対無理。

ラストに語られる対戦相手の意図はモヤモヤするが、

何とも現代風な考え方ってことかな。

 

現実はわからないが、それでもクイズの奥深さを存分に楽しめる作品だった。

 

まず牛を球とします。

著者:柞刈湯葉(いすかり ゆば)
出版社:河出書房新社

 

本書の中では「改暦」のみ既読。

表題作はてっきりコミカルなSFかと思っていたが普通に面白いし

リアリティもあってなかなか良い。

純化してモデリングするのはよくある手法だと思うが、それでもユニーク。

安部公房箱男」の現代版「令和二年の箱男」の著者自身による解題にある

直方体は単純化の最たるものだが、しかし想像するだけで笑える。

「東京都交通安全責任課」は将来的には有りそうだし、

「家に帰ると妻が必ず人間のふりをしています。」の不思議話もオチは無いけど好き。

冷めた目線で戦争を扱う「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は現実感の無さが

寧ろ怖いかも。

広島の原爆が不発だったという歴史改変もの「沈黙のリトルボーイ」なども

多くの日本人を殺戮する目的で落とした原爆が不発のうえ

今度は日本人を巻き込まないように原爆を撤去しなければいけない米軍の

何と皮肉なことか。

こんな歴史だったらどんなに良かったのだろう、とも思う。


面白い題名の作品が多く、それだけでも興味が湧く。

全ての作品が面白いわけではないが、様々な発想がサクサクと楽しめる短編集だった。


【収録作品】
 「まず牛を球とします。」
 「犯罪者には田中が多い」
 「数を食べる」
 「石油玉になりたい」
 「東京都交通安全責任課」
 「天地および責任の創造」
 「家に帰ると妻が必ず人間のふりをしています。」
 「タマネギが嫌い」
 「ルナティック・オン・ザ・ヒル
 「大正電気女学生-ハイカラ・メカニック娘-」
 「令和二年の箱男
 「改暦」
 「沈黙のリトルボーイ
 「ボーナス・トラック・クロモソーム」

 

俺が公園でペリカンにした話

著者:平山夢明
出版社:光文社


コロナの影響か、「八月のクズ」を読んだ時はもう読まなくてもいいかなあという

気持ちが若干あった。

それなのに「ペリカン」に何を話したのだろう?と気になって読んでしまった。

短編集なので、しんどくなったら表題作を読んで図書館に返してしまえば

よいと思っていたが、まさかの連作集だった。

直前に読んだ沢木耕太郎さんの作品とのギャップが凄すぎる。

どっちも旅の話しという共通点に呆然。。。

しょうがないからしょうがない作品たちを読み続けることに。

(平山さん、ごめんなさい)


で、よくもまあこれだけのスラングを機関銃のように撃ち込んでくれたなあ。

理解できないワードがいくつもあって読むたびにクタクタに。

ぶっ飛んだ内容をこれだけ揃えられる腕力は流石。

主人公がワリとまっとうで会話も軽快。

時々社会風刺が仕込まれていて、つい同調してしまう自分に不安になることも。。。

こんな滅茶苦茶な作品集は平山さんにしか書けないよな。


最も古く書かれた表題作が一番読み易かったが、

「五十五億円貯めずに何が人間か?だってさの巻」とか、

「命短し、乙女はカーマ・スートラだってよの巻」も良かった。

う、良かった?良かったって書いちゃったよ。


ところで結局ペリカンって?


とぼけた会話のせいか、いつの間にか脳内で主人公がサンドウィッチマン

富澤さんに置き換えられていた。

(富澤さん、ごめんなさい。)

映像化されたら案外いい味出しそうだけど。

って、映像化されるわけないし、観たくもないわ。


                         (おしまい)

 

天路の旅人

著者:沢木耕太郎
出版社:新潮社

 

第二次大戦末期に密偵として蒙古人の修行僧に扮して

中国奥地、インド、ネパールなどを徒歩で渡り歩いた

西川一三の苦難の旅と人生を描くノンフィクション。

本書を読むまで全く知らない人物だったが何と魅力的な人だろう。

沢木耕太郎が足掛け25年をかけた作品だけあって西川の著書を読み込み、

インタビューを重ねることで浮かび上がる西川が放つ魅力は

加速度的に目が離せない読書体験となった。

そもそもラマ僧に扮し、密偵として日本のため中国に潜入した西川だが、

終戦を知っても旅を続け、行く先々で言葉を学び、

人々と交流を重ねながら自分のため「生きる」姿はいちいち響いてくる。

共に旅をしているかのように落胆したりハラハラしたりの連続は

勿論著者の手腕にもよる。


少しでも食べられること、暗くても狭くても屋根のある部屋で寝られること、

温かい陽に当たることだけで感じる小さな幸せの尊さ。

困難を克服することを楽しみ、小さな幸せを感じている西川の生き様は

色々と考えさせられた。

突然の旅の終了は残念で、まだまだその先を読みたかった。

また、ラストに語られる著者と西川の偶然には鳥肌が立った。


まだ3月手前だが、今年トップクラスの面白さであることは間違いない。

 

江戸一新

著者:門井慶喜
出版社:中央公論新社


「家康、江戸を建てる」と同系列の話かと思ったがもう少し柔らかい内容だった。

「明暦の大火」後の江戸を復興するため、知恵伊豆こと老中・松平伊豆守信綱の

奔走が描かれる。

戦争ではなく、災害に強い都市「大江戸」へ作り変えるための立案能力と政治力は

読んでいて小気味よい。

町奴の長兵衛、旗本奴の水野十郎左衛門なども絡み、彼らの対立を解決しつつ

江戸の再生に利用してしまう手腕と人間的魅力の見せ方はよかった。

一方、芝居がかったセリフ回しや信綱のお姉さんのくだりが気になった。

セリフ回しは信綱の魅力と人間関係を描くうえでまあ効果もあるかなと思うが

お姉さんのエピソードをもう少し削って「プロジェクト」部分に割いてほしかった。

ユーモアを交えた演出は好き嫌いがあると思うが、個人的には許容範囲だった。

 

他の作品でもあったが、登場人物の心の動きを表現する時の文体が

リズムを崩す時があって、その点はやはり気になった。