吉祥読本

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ボン書店の幻 --内堀弘

「BOOK」データベースより引用
1930年代、自分で活字を組み、印刷をし、好きな本を刊行していた小さな小さな出版社があった。著者の顔ぶれはモダニズム詩の中心的人物北園克衛春山行夫安西冬衛ら。いま、その出版社ボン書店の記録はない、送り出された瀟洒な書物がポツンと残されているだけ。身を削るようにして書物を送り出した「刊行者」鳥羽茂とは何者なのか?書物の舞台裏の物語をひもとく。


1930年代、モダニズム詩人たちの詩集を自らの力で印刷し、本を作り、売っていた鳥羽茂という人がいました。
ボン書店とは鳥羽茂が拠点としていた書店で印刷所兼住居でもあり、雑司ヶ谷鬼子母神裏にあったようです。
一般には無名のまま詩の世界に現れ、そして消えていきました。
ほとんど残っていない足跡を追い、鳥羽茂の仕事や人物を丹念に追っているノンフィクションです。
なお、著者の内堀弘さんは、古書店を営んでいる人だそうです。

ボン書店に関してはこの本と出会うまで全く知りませんでした。
詩に興味もないし、出てくる詩人さんも雑誌も知りません。しかし、そんな知識がなくてもOK。読み進めるにつけ、鳥羽茂さんの清々しさ、芯の強さ、優しい人柄がうかがえます。

病と闘いながら、金儲けよりも信念を大切にする姿に、経営者としての素質は残念ながらな見受けられませんが、仕事に情熱を傾ける鳥羽茂さんには頭がさがります。
目的に向かって黙々と仕事をこなす人は好感が持てます。
グチを言っている場合ではないなあ、と反省。(でも懲りない自分 笑)

文庫版には「文庫版のための長いあとがき」があります。
それまでは本当に実在した人なのだろうか、と思うくらいの印象で、まさしく幻のような存在だった鳥羽茂さんが、いきなり姿を現します。(あくまでイメージですが 笑)

まず、消息を掴めなかった鳥羽茂さんの関係者が登場します。
この作品の単行本を偶然みつけた親類が著者に連絡をしてきて、最終的には鳥羽茂さんの息子さんと会うことができるのです。それにより著者がたどりつけなかった空白期間の謎がようやく判明します。
ちなみに著者もここではじめて知ったらしいが、鳥羽茂は「とば しげる」ではなく「とば いかし」と読むらしい。

息子さんによって語られた鳥羽茂さんの生涯には静かに心が動かされている感覚でした。最後まで読んでから、本作中の心に残っていた一部分を戻って読み返してみました。雑誌「詩学」の後記であり、読者に対する最後のメッセージだったようですが、より沁みてきました。


「詩も書きたい、雑誌も続けて出したい、寄稿誌も読みたい、新聞も見たい、新刊にも目を通したい、
接客もしたい、依頼される原稿も書きたい、人も訪ねたい、会にも出たい、展墓もしたい、肉親にも会いたい、
そして少し贅沢を言はせてもらへば、一週間ばかり眠りたい、どれも充分果たせない」

著者は古本屋さんなのですが、控えめで鳥羽茂さんへの尊敬と愛情を感じる優しい文章は読んでいて心地いいものでした。
時を経てこんな形で報われることもあるんだなあ。

たまたま最近、2ヶ月程前かな?雑司ヶ谷鬼子母神近辺を散策しました。
はっきりとは判りませんが、今は無いボン書店の前を通ったかもしれません。
しばらく積んであったこの作品を事前に読んでおけば、きっと鳥羽茂さんの痕跡を探したのに。今思えばあの近辺の欅並木は鳥羽茂さんがいつも見ていたものだったはずです。今度、改めて散策したいと思います。