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絶対音感 ::最相葉月

出版されてから10年以上経過しているので、当時と事情は変わっているかもしれませんが絶対音感を持たない者からすれば充分すぎる情報量である。
巻末の参考文献の数と取材対象者の名前の数を見るだけでかなりの情報収集が為されたことがわかる。

 

恥ずかしながら「絶対音感」というのは生まれつき持っている能力だとばかり思っていた。
勿論そういう人もいるが、子供の頃からの訓練で手に入れることが可能な能力だとは思ってもいなかった。
更に言えば、「絶対音感」というのは絶対にはずれることのない基準音を識別できる能力だと漠然と思っていたがそんな単純なものでもないらしい。

 

本書は「絶対音感」をキーワードに、音楽家によってどのように音の違いを感じるか、
科学的理論の概説、どのような音楽教育が為され、それによる成果や弊害、また「絶対音感」の有無による音楽家の悲喜劇など様々な検証や証言が提示される。

 

驚いたのが「絶対音感」というのは聴覚だけではなく、音符が見えたり色が見えたりイメージでも感じる人たちがいるということだ。(教育が大きく絡んでいる部分もあるようです)
街に溢れるノイズが常にイメージ化されるとしたら、どんな世界が見えているのか興味深い。
しかし、本人たちにとってはそれが邪魔になることもあるわけだ。
聴こえる音によっては気持ちが悪くなるらしいし、演奏時に刻々と変わる温度によって
変化していく楽器の状況に臨機応変に対応するなどの相対的演奏が必要になるなど、考えもしなかった。

 

絶対音感」を持つことは音楽家として生きていくうえでは絶対条件ではないが、確固たるベースがあることは、持っていない者に比べれば多少優位に立てるというレベルらしい。

 

日本は優れた教育のおかげで世界で見ても絶対音感の持ち主が多いとのこと。
しかしそれは技術的に優れているだけで画一的な音しか出せない音楽家の大量生産という一面もある。
う~ん、日本らしい(苦笑)
驚いた事にアメリカと日本では絶対音感のレベルが微妙に違うらしい。
ヘルツの差が実際どのような差なのかは素人には想像できないが、徹底的に叩き込まれた音感を持ったまま海外にわたる音楽家はとても苦労するようだ。
こうなると「絶対」というのは一体何だ?と疑問に思ってしまう。

 

今は日本の音楽教育も変わってきているようで、このあたりは改善されているようですが国内では天才でも海外に出るとかなりの精神力を持たないと挫折してしまうんだろうなあ。


貪欲な取材を行った事が窺われる力作ですが、良くも悪くも範囲を広げすぎた感もあります。
この広げ方は「絶対音感」を一通り知る事を目的とすると申し分ありませんが読み物としては調査資料を読んでいるような気にさせる部分もあり、最相さんの持ち味でもある(と、勝手に思い込んでいる)入れ込み過ぎな感情が少し抑えられていたように感じました。
それにしても知らない世界を垣間見る事ができたエキサイティングな読書です。