吉祥読本

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神無き月十番目の夜 --飯嶋和一

「BOOK」データベースより引用
慶長七年(一六〇二)陰暦十月、常陸国北限、小生瀬の地に派遣された大藤嘉衛門は、野戦場の臭気が辺りに漂う中、百軒余りの家々から三百名以上の住民が消えるという奇怪な光景を目の当たりにする。いったいこの地で何が起きたのか?嘉衛門はやがて、地元の者が「カノハタ」と呼ぶ土地に通ずる急峻な山道で、烏や野犬に食い荒らされるおびただしい死体を発見した。恭順か、抵抗か―体制支配のうねりに呑み込まれた土豪の村の悪夢。長く歴史の表舞台から消されていた事件を掘り起こし、その「真実」をミステリアスかつ重厚に描いて大絶賛された戦慄の物語。


今まで読んだ飯嶋作品のなかでは最も読むのに労力が必要でした。
これに比べれば「黄金旋風」は読み易かったのだなあ、とさえ思います。読み応えありすぎです。

物語は山奥深くにある小生瀬(こなませ)という村に派遣された大藤嘉衛門がその村の状態を検分するところから始まる。
350人ほどの村の住人が女も子供も含め、一時に姿を消してしまったのだ。
探索を続けるうち、多くの死体が発見される。
まず物語の結論が提示され、その結論に至る経過が描かれていくという流れ。

 

とても淡々と時の流れを描いています。
まず徳川支配が始まった直後の、ある山村での村民たちの生活がじっくりと描かれます。そこへ、支配する側が政権の安定を目指すための検地を実施しにやってきます。
その検地は少しだけ特殊な地域にあった村にとっては、多くの不満と苦悩をもたらすものでした。平穏に暮らしてきた村人たちに広がる微妙な不安感の波紋の広がりは、徐々に不満と対立に変わり始めます。

 

短絡的な行動をする者がではじめる。
自分の保身を優先する人間が少しだけ策を弄する。
同じように支配者側にも小さな波紋が起きる。
まわりの村にも波紋が広がる。

 

誰に責任があるということもなく、一つ一つはとても小さなできごとで繋がりは誰にも見えない。
しかしいずれにしてもそれぞれの立場にある人物達の、ある行動や考えが意図しない方向に影響を与え、ゆっくりと別の方向に歯車を動かしてしまうのだ。
一旦方向を変えて動き始めた歯車は、誰の意思とも関係なく、止める事もできず、他者の運命を変えていく。
方向を変えた歯車同士がまた、別の歯車を動かしはじめる。
歯車は誰にも止められない。時の流れは誰にも止められない。

 

新しい世界の到来は、古い社会を徐々に淘汰していく。
支配者は徐々に被支配者の心を殺し、価値観を否定し、全てを奪っていく。
しかし、踏みにじる側も大事なものを失う。場合によっては命までも。


だいたい黄金旋風同様、途中で重要人物があっけなく舞台を降りてしまうんですよ。
「え?」と声をあげそうになります。読み間違いかと思うくらい。
ああ、誰もが特別な存在なのではないのだな、と淡々と受け入れるしかないのだなあ。

 

読後に「神無き月十番目の夜」という題名の意味がジワリと沁みてくる。
神などいない。
時はただ流れるだけなのだと。それが結論でしょうか。


この作家さんは本当に骨太でいい作品を書く人だと思います。
今後もクオリティを下げずにじっくりと書き続けて欲しいです。
次の飯嶋作品は、楽しみにしている「始祖鳥記」に挑戦です。