吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

クリムゾンの迷宮 --貴志祐介

本書裏表紙より引用
藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景のなかで目覚めた。
視界一面を、深紅色に濡れ光る奇岩の連なりが覆っている。
ここはどこなんだ? 傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。
「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された・・・・・」
それは血を血で洗う凄惨なゼロサム・ゲームの始まりだった。
綿密な取材と斬新な着想で、日本ホラー界のあたらな地平を切り拓く傑作長編。



「黒い家」で衝撃を受け、「青の炎」で一旦消えかかった炎がこの作品で復活した感じです。
ゲームブックは全くはまらなかったのですが、ゲームブックみたいな作品です。

 

コトの始まりは唐突で主人公・藤木のいる場所がどこなのか、そして藤木の身に何が起こっているのかは
読みながら読者にストレートに理解できるようになっている。(ゲームの背景は別です)
純化されたストーリー展開に、主人公とともに簡単に迷宮に入り込むことができる。
主人公と共に不安になり、恐怖を味わえるのだ。

 

状況がわからないまま彷徨い、他のゲーム参加者と出会い、情報を共有しつつ疑心暗鬼となり
それぞれが見えないゴールに向かうサバイバルゲームは、生きるか死ぬかの選択を確実に求められていく。
なぜ選ばれたのか?まったく理不尽な話しである。そしてそれはあまり大事ではない。

 

最初に9人の登場人物がそれぞれ護身用アイテムか、食糧か、情報か、サバイバル用アイテムを得るかを
選ぶことでルート(運命)が変わる。
まずはそこで今後の行動が決定付けられるが、自分だったら何を選択するか、主人公と共に考える。
どれも有り得るところが悩ましい。そしてそれによって変わってくる運命は残酷であり過酷だ。

 

読者は藤木と「藍」という女性と共に行動することになるのだが、
徐々に見えてくるゲームの状況は他のチームの変容とともに主人公たちと読者を確実に追い詰めてくる。
この変容がおぞましい。人ではなくなってしまうチームによる脅威は、手に汗を握る。

 

通信機から断片的に聞こえてくるライバルチームの会話の内容や息遣い、暗闇のなかでの逃避行、
その場にそぐわないゲームキャラクターのプラティ君のテンションなど、心理的恐怖を煽るアイテムは
色々ある。
また、サバイバルなので普通の食糧はない。動植物を調達しないといけないのだが、
いくら飢餓に襲われているとはいえ、気軽に生食したくないものまで食べるシーンは別の怖さがある。
食べるしかないんだけど、、、ちょっと、、、贅沢になりすぎでしょうか(笑)

 

本書の魅力はゲーム的な軽さによる入り込みやすさであり、同時に恐怖を味わえるところである。
心理的、肉体的に追い詰められていく過程を描く著者の技術は素晴らしく、「黒い家」同様、
真に迫るものがある。

 

登場人物それぞれの視点が加わると複雑で判りにくくなるのでしょうが、
藤木ひとりに視点を絞ったのがこの作品の面白さを引き出していると思う。
物語の構成に関する些事に気にせず藤木と共にゲーム世界に身を置くことができれば、
一気に引き込まれることでしょう。
暑い夏に読むと、とても涼しく過ごせる(笑)面白いエンタテインメント・ホラーでした。

 

次は「天使の囀り」あたりにチャレンジしたいと思います。