吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

ピカレスク 太宰治伝 ::猪瀬直樹

太宰治が自殺未遂、心中未遂を繰り返したことは大抵の方がご存知だと思います。
気持ちが弱く常に死にたがっていた印象のほうが強いが、本書を読む限りむしろ逆で
生きたがっていた印象を受ける。猪瀬さんがそのように書きたかったのだから当然か。

 

「みんな、いやしい欲張りばかり。井伏さんは悪人です」

 

これは玉川上水で山崎富栄(美容師)とともに入水自殺した太宰治の遺書である。
青森で裕福な家に生まれ、作家を目指す太宰(本名:津島修治)がいかに自我が強く、
手段として計算高く自殺未遂を繰り返していたらしいことが暴き出される。
自ら招いた結果が多いように思うが諸々の危機に直面し、追い詰められた時の最終兵器として自殺に向かう。
彼の行動を見ているとずるい男だなあと思わざるを得ない。
太田静子(斜陽のモデル)の日記を参考に作品を書き上げる経緯が描かれるが、
太田の気持ちを知っていながら太宰は日記のみを目当てとしていた。
妻、美知子がいながらに複数の女性を利用している姿はあまりいい印象を与えないと思うがそれが作品に反映され、後年の評価に影響するわけだ。

 

師弟関係にあった井伏鱒二に関してはよく知らなかったが、本書を読むと太宰以上に印象が悪い。
本書全般に井伏がちょこちょこ登場するだけでなく、井伏を題材にしている作品だったか?
と思うくらい井伏を解析している。
例えば「山椒魚」はロシアの作品、「黒い雨」は重松日記からの盗作(リライト)であることを示唆しているが様々な論争があるようなので、比較するためには実際に読まないと何も言えませんので控えます。
ただ、ノンフィクションライターとしての猪瀬さんらしい証拠資料を基にした指摘は説得力がある。

 

井伏の作品形成と太宰がどのような関係性を持つのか、
太宰が井伏に対してどのような感情を持っていたのか、
そしてなぜ太宰は井伏を悪人呼ばわりしたのか、などミステリー要素もたっぷり。
冗長に感じることも確かだが、当時の出版業界事情も知る事ができるのだから良しとしましょう。



個人的な話だが、玉川上水はとても近所にある。
太宰が住んでいた付近、自殺を図った地点、遺体があがった地点は、全て徒歩15分もあればたどり着く。
読みながら太宰が生きていた時代の街並を想像しつつ、時を越えて妙な生々しさを感じてしまう作品でもあった。

 

本書を読んでいる間に偶然にも近所の書店で太宰の妻が書いた作品をみつけました。
「回想の太宰治」石原美知子(津島美知子)著
はじめて知ったがこれも読んでおきたい。
ただ、文庫で1400円は高いので古書店で探そうかと思います(笑)



ちなみに本書にも掲載されている増補が以下のサイトで読めるので興味がある方はどうぞ。
これだけでも面白いと思います。

 

『黒い雨』と井伏鱒二の深層 :猪瀬直樹 (電子文藝館サイト)
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/study/inosenaoki.html