吉祥読本

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羆嵐 --吉村昭

1915年(大正4年)北海道三毛別六線沢にある開拓村を巨大な羆(ヒグマ)が襲い、
男女6人が犠牲になったという実話が基になっている。

 

今となってはクマはかわいい動物の一種で、凶暴というよりお友達感覚を持つ人のほうが
多いのではないでしょうか。
さすがにお友達感覚はないか(笑)



この場所に開拓村が開かれた経緯を淡々と説明する文章を読んでいるうちにさりげなく事件が
起きたことがわかる。
事件が始まると一気に衝撃の暗闇世界に引き込まれる。
300キロ近い羆が闇に乗じて、狡猾に人間を襲い始めるのだ。
その恐怖感がヒシヒシと伝わってくる。
最初に食べた人間が女性だったという理由だけで女性の匂いを執拗にターゲットにするなんて、怖い。



吉村さんの文章は決して演出過剰ではなく、淡々と冷静な文章で状況を説明するのだが、
それが自然に想像力を刺激する。
羆が人間の骨を噛み砕いている音が自分の頭の中で響き渡るようだ。

 

村の人たちは怒りに任せて乏しい武器で闘う決心をするが、実物の羆を前に一気に戦意を喪失する。
他の村や警察に助けを求め、大人数がかき集められるが、ほどなくして崩壊する。
実物を見る前はみんな強気だが、実物の大きさ、スピード、狡猾さ、残酷さを見せ付けられただけで
強気な人間の組織が小動物の集団になってしまう様はこっけいですらある。

 

助けを求めた地区長の心情が詳細に描かれているが、プライド、期待、絶望、軽蔑の移ろいが
よく描かれていた。
途中から区長の気持ちにシンクロしてしまいました。

 

最後は結局、一人の熊撃ち(猟師)が対決することになるのだが、
最後まで引き込まれっぱなしの作品でした。



人間というのはつくづく闇が怖い生き物なんだなあと痛感。
今だにその闇を消し続けることに躍起になっている人間って臆病だなあ(苦笑)

 

熊の話しでこんなに興味を引き続けるのは題材もさることながら吉村さんの力でしょう。
読んで良かったです。



脚本家の倉本聡さんが解説を書いているのですが、昔これを原作にラジオドラマを書いたらしい。
それ、聴きたい。勿論電気を消して暗闇で。
怖いだろうなあ。。。。