吉祥読本

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渚にて --ネビル・シュート

題名こそ知っていたもののずっと読まずに来ました。最近、新訳版が出たし、表紙には潜水艦。深海の話しだったっけ?と購入。潜水艦こそ出てきますが全然違います。

 

ソ連と中国がきっかけで、第三次世界大戦が勃発し、世界各地で核爆弾の応酬となる。
結果、北半球の国々は放射能に汚染され、実質的に壊滅する。
唯一生き残ったアメリカ合衆国の潜水艦「スコーピオン号」は、南半球で戦争に巻き込まれなかったオーストラリアに寄港する。
オーストラリア政府は艦長のタワーズ大佐に、オーストラリア海軍のホームズ少佐を補佐役に任命し、オーストラリアのおかれている状況を分析するための情報収集を依頼する。物語はタワーズ艦長と、ホームズ少佐夫妻、そして夫妻の友達であるモイラが主軸となる。


生き残っている人たちは、いずれ放射能は南半球にも流れてくる事が不可避であることを知りながら、それでも自分たちは助かるかもしれない、と考えている。しかし確実に死は迫っている。死ぬまでの期日もおおよそ予測できるなかで、人はどのように行動するのだろうか。。。

 

終末をテーマにした作品は多いがこの作品は最初から最後までとても淡々としている。
「海竜めざめる」でも破滅に向かう様子が淡々と描かれていたが、この作品はそれ以上に淡々としていてパニックらしいパニックは起きていない。(描かれていないだけかも)普通に会話をし、普通に生きている。
例えばホ-ムズの妻、メアリはいつでも将来のことを考えていて、目前に迫る放射能の危険よりも赤ん坊がベビー・サークルを使うと将来ガニ股にならないか心配したり、庭の木を切って野菜を育てようとする。
モイラは就職に役立てるためにタイピングを習い、モイラの親戚であるオスボーンは、
命がけのカーレースに熱中し、他の多くの人も何かしらに熱中することで目前の危険がまるで無いかのように振舞う。
死が避けられないにもかかわらず、彼らは普通に生きようとする。何年も先のことを考えようとする。しかし普通の生活の中に見え隠れする死の匂いが気分を重くさせる。

 

読み終わると、ず~んと響くものがあります。
人々が選択する生き方は享楽的になるでなく、自暴自棄になるでなく、普通でいる事。
生きるという事がどんなに愛おしいことか、考えてしまいます。
果たして自分は主人公たちのように生きられるのだろうか?と思いつつ、確実に破滅に向かう中で描かれる愛情、矜持が胸に沁みる。

 

作者に対しては放射能に関する知識不足を感じたりもしましたが、終末が近づいたとき、誰と、どこで、何をしながら迎えるかを考えさせられます。
思っていたよりも地味な印象でしたが、人間の愚かさと素晴らしさを静かに描いた作品でした。
SFというカテゴリーでは括ってはいけませんね。
読んでおいて損は無い作品でした。