吉祥読本

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火天の城 --山本兼一

信長の夢は、天下一の棟梁父子に託された。天に聳える五重の天主を建てよ!
巨大な安土城築城を命じられた岡部又右衛門と以俊は、無理難題を形にするため、
前代未聞の大プロジェクトに挑む。
長信の野望と大工の意地、情熱、創意工夫―すべてのみこんで完成した未會有の建造物の真相に迫る
松本清張賞受賞作。(「BOOK」データベースより引用)



信長という人物は大抵の場合、派手な天下獲りという観点で語られることのほうが多いが、
安土城建築という観点からほんのりとあぶりだされる信長像というのも面白い。

 

本作の主人公は安土城築城の総棟梁である岡部又右衛門とその息子・以俊である。
実直で頑固で番匠(大工)として高いプライドを持つ又右衛門は織田信長の信頼を得て安土城築城を
命じられるが、その要求はかつてないものであり、しかし、番匠魂をくすぐるものでもあった。



細かい事を言えば安土城のことに関しては通り一遍の事しか知らないので、城の図があると
より理解しやすかったのですがそれぞれの職人たちの矜持は伝わってきて気持ちのよいものでした。
それにしても築城というものがこれほどまでも大変でこだわりのあるものだとは驚きました。
織田信長という稀有の人物の城である事を差し引いても難事業であることは変わらない。
戦場の最前線ではなく裏方ともいえる築城作業もやはり戦う上で、そして国を作るうえで
大変重要な意味を持つ事が窺える。
象徴としての城、配下の士気を高めるための城、戦略や流通の面から見る城など、
単純な力の誇示にだけ城があるわけではないことが良くわかる。(あたりまえ?)

 

織田信長のかなり近い位置に番匠をはじめ、職人がいることは意外だった。
武将や官僚的存在により周辺は固められているかと思いきや、職人たちと直接的に会話が為され
指示を出し、そして意見を聞くシチュエーションには新鮮さを感じる。
勿論、信長の側近たちと同様、失敗すれば命が危ないのだが、信長を畏れながらも
命がけで意見を戦わせる番匠の態度はおおいに触発された。

 

築城を阻止しようとする者たち、指示を出す武将たちの意地、職人たちの矜持、
そして翻弄される大勢の働き手たちの悲喜劇が最も錯綜する様が描かれているのは
何と言っても三万貫(約112トン)という途轍もない重さの「蛇石(じゃいし)」を12000人で、
交代要員を含め、その倍の人間の手で山の上に運ぶ場面でしょう。
石工頭の戸波は無謀なその作業に命がけで反対し、石の牢屋に入れられてしまう。
その姿は又右衛門をも霞ませてしまうほどの印象が残る。



この物語のもうひとつのテーマは番匠親子の成長であり、確執の後に共に認め合う二人を、
清々しく描いている。
築城までのプロセスが長い分ラストのあっけなさが残念だが、織田信長の突然の死と重ね合わせると
城は城主の姿を移す鏡なのだろう、などと考えてしまう。



この作品の映画が公開される直前だが、果たしてこの壮大なストーリーをどのように表現するのだろうか。
申し訳ないのですが映画のデキに関しては期待していません。
城の図があれば理解しやすいと書きましたが、まさに設計図代わりにこの映画を観るのであれば
悪くないのかもしれない。



今回、実は飯嶋和一さんの作品を読むための準備運動で読んだ作品でしたが(失礼しました)
思ってたよりも読みやすい作品で正解でした。
山本作品は既に何冊か準備しているので、他の作品も楽しめると思われます。
手ごわい飯嶋作品に、これですんなり入れそうです(本当か?)