吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

始祖鳥記 --飯嶋和一

空前の災厄続きに、人心が絶望に打ちひしがれた暗黒の江戸天明期、大空を飛ぶことに己のすべてを
賭けた男がいた。その“鳥人”幸吉の生きざまに人々は奮い立ち、腐りきった公儀の悪政に敢然と
立ち向かった―。ただ自らを貫くために空を飛び、飛ぶために生きた稀代の天才の一生を、
綿密な考証をもとに鮮烈に描いた、これまた稀代の歴史巨編である。数多くの新聞・雑誌で紹介され、
最大級の評価と賛辞を集めた傑作中の傑作の文庫化。(「BOOK」データベースより引用)



やはり飯嶋和一作品は面白い。とても読み応えがあり、しっくりする。
身体にフィットする感覚で、読書の充足感をいつも感じさせてくれる作家だ。



天明五年、備前岡山城下で名の知れた腕のよい表具師の幸吉は、飛ぶことにとりつかれ
紐のない凧のような翼を自作し、夜な夜な橋や屋根から飛び降りていた。

 

天明の飢饉で疲弊していた庶民たちはいつしか悪政を批判する鵺が現れたと噂するようになる。
ただ飛ぶことにしか興味のない幸吉は誤解を受けたまま捕らえられ、所払いの刑を受けてしまう。

 

一方、下総行徳の塩問屋 巴屋伊兵衛は、幕府と組んだ江戸の一部の問屋の塩売買独占に
危機感を募らせる。
価格の安定化を理由に塩価を操作し、利潤をも独占しようと各地に手を伸ばし、
結果、下総行徳は壊滅的打撃を受けるが、為す術もなく防戦一方である。
伊兵衛は業を煮やし、ひとり私財を投じて行徳を守ろうとする。

 

その心意気に自らも命がけで協力する弁財船の船主 福部屋源太郎は、
幸吉とは幼馴染であり、ライバルでもあった。
運命のめぐり合わせで源太郎と出会った幸吉は、ある決断をする。

 

そして三者三様の結末は・・・・



偶然というより必然に近いそれぞれの人物の出会いに、都合がいい展開だと思うこともチラリとあったが、
そうなって欲しい、そしてそれがどんな新しい流れをつくるのかと思う気持ちのほうが勝ってしまい、
ああ良かった、と思う。
意図しないところで人に影響を受け、意図しないところで人に影響を与えながら運命が変転していく様を
たっぷりと綿密に積み上げていく著者の文章は圧倒的であり、重厚である。

 

それぞれの人物が共鳴しながら自らの為すことを見つけ、迷いながらも突き進む姿には感銘を受ける。
飯嶋作品の根底にはいつも時代の大きな流れを感じる。
飯嶋作品は、淡々と人の運命や役割を冷静に描き、重要人物をあっけなくストーリーから退場させて
しまうことが多い。しかしこの作品は、一定の成果を出したところで退場させることが多かったように思う。
読み手としてはその点が嬉しくもあった。

 

人生なんてこんなもんだよなあ、なんて思いながらも希望が涌けば嬉しいし、
人生捨てたもんじゃないぞと思わせてくれるこの作品を、今のタイミングで読めてよかった。
ちょうど仕事の状況と重ね合ってしまう部分もあり、大いに勇気付けられた。

 

寡作なことで有名な飯嶋作品も、残すところあと一作となってしまった。
読みきるのが惜しい気もするが、早く読みたい気持ちのほうが勝っている。
多くの作品を書いて欲しい反面、今まで同様、ゆっくりじっくりとレベルの高い作品を書いて欲しいものだ。




「やってみれば何とかなる。難しく考えるのはやめよう」