吉祥読本

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汝ふたたび故郷へ帰れず --飯嶋和一

「BOOK」データベースより引用
故郷とは、人に何をもたらす場所なのか?「読む者をリングに立たせる」と言われた迫力満点のボクシング小説でありながら、人と風土との関わりを深く見つめた傑作―故・江藤淳氏が選後評で「いつの間にか引き込まれていた」と語った、第25回文芸賞受賞作『汝ふたたび故郷へ帰れず』を筆頭に、晩年を迎えた父の “記憶の痛み”に触れ、それに応える息子の姿を描いた佳編『スピリチュアル・ペイン』、そして小説現代新人賞受賞のデビュー作『プロミスト・ランド』までを収録。稀代の歴史作家・飯嶋和一の現代小説すべてを収めた価値ある一冊。


本作には3作品が収められている。
デビュー作を含む初期の作品ですが、作者としては貴重な現代小説らしい。
読んでみると「これがデビュー作?」と思ってしまうくらい力のある作品です。


「汝ふたたび故郷へ帰れず」
ボクシングを題材にした作品で真っ先に浮かぶのは沢木耕太郎「一瞬の夏」なのですが、あの作品はノンフィクション。
この作品は小説なのにノンフィクション作品を読んでいる気分になる。

身体的にはとても恵まれ、ボクサーとしての資質を備えているのだが、その強さゆえ対戦相手がみつからず試合ができない日々を過ごすうち酒に溺れてしまう。
そこから再生していく男の姿が静かな熱気をたたえながら描かれている。
 
この表題の「故郷」とは、鹿児島県のトカラ列島に実在する宝島である。
宝島といえば子供の頃読んだあの作品を浮かべる人も多いでしょう。
今回調べてはじめて知ったのですが、スティーブンスンのその作品「宝島」のモデルになった島らしい。
男は故郷である宝島で過去と向き合い、現実を見つめ直すことで、失いかけたボクシングへの情熱を取り戻す。ボクシングは孤独なスポーツだと思うが、実は多くの人間に支えられていることに気付く過程もシンクロしながら描かれ、むしろチームプレーがなければ成り立たないスポーツだと言う事がわかる。
 
再生のドラマではありつつ、ボクシング小説としても面白い。
試合前の心情、試合中の心情、そして試合のシーンもよく書き込まれている。
ボクシングをやったことがなくても引き込まれる描写力には拍手を送りたい。
静かで清々しくて、熱気の感じられるこの作品、大好きです。


「スピリチュアル・ペイン」
戦時下、自分が育てていた荷馬を徴収(献上という言葉ではあるが・・・)された父親がずっと持ち続けた心の痛みを息子の視点で描いた作品。
多かれ少なかれ大事なモノ(ここでは動物)を失ったことの悲しみ、手放したことへの自責など、失った本人にしかわからない心の中が薄っすらと浮かびあがるような切なく短い作品だが、質量を感じさせる。

【自分はなぜ、生まれて、生きて、死んでいくんだろう。自分の人生の役割は、意味は何だろう。 死後の世界はあるのだろうか、あるなら、どんな所だろう】  --引用


「プロミスト・ランド」
熊の狩猟が生活の糧であった村でのマタギたちの話。
環境庁の通達で、自然環境の保護という名目で熊の狩猟許可が下りなくなってしまう。
我慢しようとする人たちと逮捕されてでも続けることを主張する人たちの対立が始まる。
どちらの主張にも納得ができるし、考えさせる。

 

「・・・これまでだって、勝手な規制をデッチ上げられて、熊撃つ時も、害獣駆除の名目だ?冗談じゃない。熊は山神様の俺達への贈りものだ。昔は、生きる糧そのものだった。今は俺たちの生き甲斐だ。全ての叉鬼が一斉に熊狩絶ったら熊は増えるようになるか?減ったのは何よりブナ伐ったからだ。原生林伐り倒して、金になる杉や檜植えるようなでたらめな植林やったからだ。そんなことは、山の人間なら誰でも知ってるべ。・・・・」  --抜粋
方言を交えた言葉には力がある。
この作品を読んだとき、中上健次さんの作品を読んだ時に覚えた感覚を味わった気がします。


いずれの作品も地味な世界だが、ノンフィクションのようなリアル感、硬質感と深みを感じ、心地よかったです。
飯嶋和一さんとは、相性がいいようです。

次の飯嶋作品は「雷電本紀」の予定。江戸時代の相撲取りの話。期待大なり。