吉祥読本

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エレホン

著者:サミュエル・バトラー
翻訳:武藤浩史
出版社:新潮社

 

羊飼いの青年が険しい山脈をひとり越え、エレホンという国に辿り着く。
そこには健康的な美男美女が多く、まるでユートピアのように感じたが、
エレホンの習慣や考え方を知る程、羊飼いのイギリス的思考との乖離が
鮮明となってくる。
果たしてエレホンという国はユートピアなのかディストピアなのか。。。

まあ、簡単に説明するとこんな感じだが、結局、羊飼いの青年は
エレホンから命がけの脱出を図る。
相容れない考え方の世界に身を置くのは確かに辛いことだろう。

例えば、エレホンでは病気になると罪になる。
結核チフスにかかると特に重罪となり、裁判にかけられるのだ。
虚弱に生まれてしまった子は親の問題ではなく、子供の自己責任だったりするのに
金持ちが起こした詐欺などの犯罪は心に迷いが生じたんだからと専門家に
治療してもらえば済んでしまう。

また、かつて機械化が進んだ文明だったエレホンは機械文明を捨てた世界となり、
その名残は博物館にあるだけ。
羊飼いの青年が持ち込んだ懐中時計ですら問題にされてしまうぐらい
徹底的に否定している。

導入部の山脈越えが長く、ちょっと読むのが辛かったが、
エレホンに入ってからの常識の違いをどのように受け止めればいいのか、
その論理がなかなか頭の中で整理できず、より苦労した。

ところが、機械文明を捨てた経緯が説明される「機械の書」に関する章で
現代でも取り沙汰される問題点が浮かび上がるあたりで目が離せなくなる。
AIがいずれ人間を超えることになるのでは?(シンギュラリティってやつだね)
という問いを彷彿とさせる内容なのだが
本書が書かれたのが約150年前であるということを考えると、
機械の進化による様々な影響や危惧は普遍的なテーマなんだと思わされる。

産業革命に対する風刺でもあるのかもしれないが、
羊飼いの青年がもともと金儲けのために知らない土地を目指して山を越えたこと、
キリスト教を広めようと考えている姿勢、そしてそのうえでエレホン人を
いずれ労働者として利用しようとしていることなどを考えると
宗教、植民地支配などに対する当時のイギリスもしくはヨーロッパ的考え方自体を
風刺しているのかもしれない。

正直なところ、どこまで正しく読み込めているのか自信はない。
が、150年前に現代にも通じる一つの架空国家を精巧に構築したことは
賞賛に値するでしょう。

今、自分がいる世界はエレホンとどう違うのか?

う~む。