吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

ハーレム・シャッフル

著者:コルソン・ホワイトヘッド
翻訳:藤井光
出版社:早川書房


「地下鉄道」「ニッケル・ボーイズ」に続く3冊目。

今までの作品と少しテイストが違い、ノワールなテイストが漂う。


3つの物語で構成される連作集となっている。

舞台は1959年~1964年、ニューヨークのハーレム地区。

家具屋を営むアフリカ系アメリカ人カーニーは従弟のフレディの尻ぬぐいで

盗品の売買にも絡んでいる。

表と裏の世界を行き来しながら生きる主人公と当時の時代背景を描き、

作者が今まで他作品でも扱ってきた人種差別をはじめとする様々な社会問題が

浮き彫りとなる。

実際にあった白人警官による黒人の少年の射殺事件なども織り込まれ、

厚みのある臨場感が伝わってくる。


登場人物たちとのユーモラスかつ諦観漂う会話が面白く、

物語に引き込む緩急の妙は流石。

警官やギャングや権力者や家族との間で翻弄されながらも

綱渡りしつつ逞しく立ち回るカーニーにハラハラしながら楽しめた。

題名はついストーンズを思い起こしてしまうが、内容をよく表わしている。


本作はどうやら3部作となる予定で第2弾が出版されているとのこと。

それも楽しみだが、2011年に出版されていて未訳の「Zone One」という

ゾンビを題材とした作品があるらしく非常に興味深いのだが

邦訳の予定はないのだろうか。

 

一寸先の闇-澤村伊智怪談掌編集

著者:澤村伊智 
出版社:宝島社


気になっていた作家さんの初読み。

ほぼショートショートで21編収録されているため題名だけでは

思い出せないものもあるがバラエティに富んだ怖さの描き方に

引き出しの多さを感じる。

学校からのお知らせのみで構成されている「保護者各位」、

視点の切り替えで心の闇が浮かび上がる「冷たい時間」、

ユーモラスな展開で油断させられた後に突き付けられるオチに慄く

「さきのばし」が印象的。

キレのある短い作品もいくつかあったものの長めの作品のほうが楽しめたので

短編よりも既存の中長編作品をやはり読むべきか?

「ぼぎわんが、来る」とか「ばくうどの悪夢」等、

不思議な作品名が多いので内容が予測できないが、

もう少し短編で頭を慣らすほうがいいような気もするし迷うところ。

 

【収録作品】
名所/みぞ/せんせいあのね/君島くん/
保護者各位/血/かみさまとにんげん/
ねぼすけオットセイQ町店301号室のノート/
さきのばし/深夜長距離バス/内見/満員電車/
空白/はしのした/青黒き死の仮面/通夜の帰り/
茶店の窓から/無題/夢殺/冷たい時間/残された日記

 

硫黄島上陸-友軍ハ地下ニ在リ

著者:酒井聡平
出版社:講談社


硫黄島」における激戦で日本軍の守備隊2万3千人中、生還できた人は約千人。

硫黄島の致死率は実に95%。

未だに1万人以上の遺骨が還れずにいる理由を調査する記者の熱意が伝わってくる。

遺骨の帰還事業に積極的に参加し、独自の調査により硫黄島の知られざる歴史や

現在に至る問題点が浮かび上がる。

日米どちらの国にとっても重要な意味を持つ小さい島である「硫黄島」。

戦中の様子、戦後の島の役割、返還後でも進まない遺骨の帰還事業のことなど

知らないことばかりだったので大変勉強になった。

本書で言及されている厚労省防衛省のメンタリティに関してはモヤモヤするし、

以前読んだ「黒い海 船は突然、深海へ消えた」でも言及されている

日米関係の問題点が本書でも提示される。

取り敢えず自衛隊の管轄になっているが日米の重要軍事拠点でもある島には

一般人は基本上陸できない。

そしてその間にも硫黄島のことを知る人は減っている。

風化してしまわぬようギリギリのタイミングで出版された本書の果たす役割は大きい。


米軍が波止場を作るために沈められた船が隆起によって

姿を現している写真が印象に残った。
(ネットの地図で硫黄島を見ると沈船も容易に確認できる)

能登地震で隆起した海岸線同様、自然の力の大きさに圧倒される。

自然の力と国家の力に負けないよう帰還事業が進むと良いのだが。


地図を俯瞰すると、こんな小さな島の地下で多くの人が戦っていたことに

胸が痛みます。

 

本の幽霊

著者:西崎憲
出版社:ナナロク社


ページ数(115P)が少ないわりに装幀が贅沢な作りな短編集。

図書館でみかけて気になったので読んでみたが、思っていたのと違い

どの作品も劇的に盛り上がるわけでもなく、本に関わるちょっと不思議なことや

日常の断片の記憶がとりとめもなく描かれる。

読み心地は悪くない。

自然とゆったり味わうように読めた。

内容と関係が無い挿絵のページが差し込まれていたり、

そもそもその絵にいたずら書きのようなものまである。

それらのデザインや手触りなどは「銀河の片隅で科学夜話」を思い出す。

ファンタジー色が最も強い「砂嘴の上の図書館」が一番好きな作品。

「一冊の本のなかにはすでに無限があります」 という言葉がいい。


面白いとか面白くないとかが言いにくい作品だったが、

スタージョンを読んだ後の脳みそのクールダウンにはちょうど良い本だった。

勿論、スタージョンをディスっているわけではありません。


 
【収録作品】
「本の幽霊」
「あかるい冬の窓」
「ふゆのほん」
砂嘴の上の図書館」
「縦むすびのほどきかた」
「三田さん」

 

時間のかかる彫刻

著者:シオドア・スタージョン
翻訳:大村美根子
出版社:東京創元社

 

先月「夢みる宝石」を読んだ勢いのまま同じく積んでいた本書にチャレンジ。

いきなり「ここに、そしてイーゼルに」でスタージョンの洗礼を受け途方に暮れる。

何冊も読んでいるのになかなか慣れない。。。

しかしその後の短篇はほぼ読み易く安堵。

SFではない作品が多くスタージョンの幅を感じるが、

描かれる様々な愛の物語はやはり「らしさ」を漂わせている。

思いもしない変化球が多いんだよなあ。


期待していた作品群とは趣きが違っていたが

好きな作品としては「きみなんだ!」 「ジョリー、食い違う」

「〈ない〉のだった―本当だ!」など、期待していなかった部類の作品が

好みとなった。

アホ作品の「〈ない〉のだった―本当だ!」はラファティ好きとしては

仕方が無いか(笑)

 

【収録作品】
「ここに、そしてイーゼルに」
「時間のかかる彫刻」
「きみなんだ!」
「ジョーイの面倒をみて」
「箱」
「人の心が見抜けた女」
「ジョリー、食い違う」
「〈ない〉のだった――本当だ!」
「茶色の靴」
「フレミス伯父さん」
「統率者ドーンの〈型〉」
「自殺」

鏖戦/凍月

著者:グレッグ・ベア
翻訳:酒井昭伸(鏖戦 オウセン)/小野田和子(凍月 イテヅキ)
出版社:早川書房

 

2022年に逝去したグレッグ・ベアの追悼として「鏖戦」「凍月」の中編2編収録。


「鏖戦」は異星種族間の長い闘いをそれぞれの視点から描くが、

独特の漢字表現は酉島伝法を思わせ翻訳者の技量とともに慄く。

原作がどのように書かれたのか興味深いがやはり翻訳者のセンスが凄くないか?

最近苦労しながら読んだ酉島伝法のおかげでワリと読み易く感じたが

ハードでキレがあり、難解でもあるSF作品だった。

とても約40年前の作品とは思えない。

 

「凍月」は月を舞台とした作品。

地球から死んだ人間の頭部だけ冷凍状態で410人分取り寄せ、

月に保存し、記憶を読み込もうとする一族を中心に

それらを阻止しようとする組織などが絡み、政治色、宗教色が濃い作品。

終盤のある人物の自殺が何とも皮肉な結果だなあと。

これも約30年前の作品だが現代の作品と言われてもさほど違和感がない。

モデルとなった宗教団体などもあるらしく、

特にアメリカ社会にとって普遍的なテーマを扱っているとも言えるだろう。

 

大陸はどのように動くのか 過去と将来の大陸移動

著者:吉田晶樹
出版社:技術評論社 


能登半島で大きな地震が起きてしまい、改めて日本の災害の多さにため息が出る。

震災が起きるたびに心ばかりの募金と祈ることしかできないのが歯痒い。

そんな折、図書館でふと目に入ったので思わず手に取った。

大陸が今も移動し続けていることは多少知っていたが

きちんとメカニズムを知りたいと思い、文字は小さめだが

カラーで図表が多そうなので読んでみた。


地球科学や地球史に興味があり将来の地球に興味がある人、

中高校生をターゲットにしているとのことだったが

専門的な記述や計算式などが結構多くて理解するのは難しい。

そこら辺は軽く気を失いながら強引に読み進めた。


大陸の移動のメカニズムや今後の移動シミュレーションなど

気が遠くなるような時間軸とダイナミックなスケール感なので

あまり実感できないことも多いが、それでも勉強になった。

日本列島は、何億年も先だがオーストラリア等の諸大陸に挟まれて

超大陸の一部となってしまうのか。。。

プレートやマグマの動きを考えるとなんと不安定なところで

我々は生活しているのだろうと改めて思わされ、

どんな耐震、免振対策をしても自然相手にはあまり意味がないのかもしれないと

不安が募るがでも何もしないよりは少しでも対策しておくべきなのだろう。

コンピューターの計算能力や諸々の技術はこれからも進化していくだろうから

将来予測はより精度を上げていくだろう。

若い人たちが興味を持つことで研究の継承、向上も期待したい。


個人的には奇数ページの小さな画像がパラパラ漫画風に

大陸移動を見せていることに気付き、そこがツボだった。

阿呆みたいに何度も繰り返してしまった。。。


今はとにかく目の前の地震対策で少しでも安全性を上げていくしかないし、

時間がかかるだろう被災している人たちの生活の早い復興を願うばかりだ。