吉祥読本

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風に舞いあがるビニールシート --森絵都

「BOOK」データベースより引用
才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり…。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。


はじめての森絵都作品です。
児童文学のイメージが強かったので読み始めは少し戸惑い、一旦止めてから読み直しました。


●「器を探して」
売れっ子オーナーパティシエのヒロミ、と縁の下の力持ちとしてヒロミに翻弄されている秘書の弥生。
しかし終盤、ヒロミの台詞で「私、ときどき不安になるのよね。どこまで辻ちゃんについていけるのかしらって」実は翻弄されているようでいてコントロールしているのは弥生なのだということが示唆される。
この一言で読んでいる側を逆の視点に引っ張るところはうまい。ここをもう少し膨らませて欲しかった。
ラストの展開にがっくりしたが、こんな展開も書く人なんだなあ。
それにしても婚約者の男が情けなくて・・・結婚したらヒロミに完全支配される運命は決定だな。

 

●「犬の散歩」
水商売をやっている理由が犬のため、という話しだが、あまりぴんとこなかった作品です。犬を飼ったことをないから?いや違うか。ここまではできないなあ。

●「守護神」
比較的面白く読めた作品です。夜間大学でレポートの代書をする伝説の女「ニシナミユキ」。
「代書屋」として彼女が誕生した背景に俄然興味が涌く。そのあたりは徐々に語られるのだが代書を頼む側の男の行動にはあまり共感できず・・・ラストの「ニシナミユキ」の出す結論に同感。

 

●「鐘の音」
子供の頃から仏師になりたかったのになれず、仏像の修復を仕事に選んだ男の話。仏像に関する薀蓄とともに、綺麗にまとまっている。
若かりし頃の頑なな主人公が出てくるが現在までの心境の変化が語られ、徐々に理解できる仕組みで結果オーライでした。話しの展開がうまいが、できすぎって気もする。

●「ジェネレーションX」
この作品が一番好きです。シラケ世代と新人類(共に死語)という年代の違う男二人が、クレーム処理に向かう車の中で徐々に理解し合っていくというなんてことない話しなのだが、読後感がかなり良かった。二人の気持ちの移り変わりが適切に表現されていて心地よい。明日の野球はどうなるんだろう、と気になる。


●「風に舞いあがるビニールシート
「ジェネレーションX」がほぼ車中で繰り広げられる世界なら、こちらは世界の紛争地を飛び回るアメリカ人男性と日本国内でじっとガマンしている日本人女性夫婦の話し。
二人の愛情を世界の紛争というハードな状況を交えて表現しているため、隠れテーマとして平和を享受している日本人に対する痛烈なメッセージがあるのでは?
ラストは予測できる結末なのだが、気持ちよく読み終えることができた。
なじみの無い仕事(国連難民高等弁務官事務所)のことや、夫婦の心理描写などがコンパクトに凝縮され、面白く読めました。

これらのバリエーションに児童文学も加えると、幅のある器用な作家さんだなと感じる。予想した雰囲気とは違っていたが、その分、他の作品も気になります。