吉祥読本

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末裔 /絲山秋子

初の長編家族小説とあるように、今までの作品群とは趣きが違う。
定年間際の公務員富井省三は3年前に妻を病気で喪い、息子は結婚して独立し
娘とはうまくコミュニケーションがとれないまま実家を出てしまい居所もわからない。
一人暮らしの家の中は荒れ放題となり、隣家からはゴミ屋敷と言われる始末だ。
ある日、帰宅するとなぜかドアに鍵穴がない。
穴を誰かに埋められたり、勝手にドアを替えられたわけでもない。(一軒家で持ち家だからあり得ない!)
本当に鍵穴がなくなってしまっているのだ。
家に入れなくなった男は途方にくれ、街を彷徨いだす。。。。

 

リアルでどこにでもある家族の風景と幻想的な展開がクロスフェードしながら淡々と物語は展開する。
消えた鍵穴だけではなく、新宿で出会う占い師と名乗る金持ちの男など、
不条理な事態が織り込まれていながら特にショッキングな描写があるわけではない。

 

主人公はごく普通のありきたりの公務員であり、きわめて正常な精神状態だ。
いつの間にか孤独になってしまった男の姿が哀しいが、過去の出来事や妻や子供たちとの回想の中で、
妻の死をきっかけに喪失していたものを徐々に取り戻していく姿は、淡々としたストーリーでありながら
目が放せない作品でした。
ラストの展開に見える明るい兆しが読んでいて嬉しかった。

 

今まで読んだことがないタイプの絲山作品でありながら、しっかり絲山秋子の作品でした。
ひとつ世界を広げた感のある絲山さん、これからも期待ができそうです。