吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

ナイフ投げ師 ::スティーヴン・ミルハウザー

「ナイフ投げ師」「ある訪問」「夜の姉妹団」「出口」「空飛ぶ絨毯」「新自動人形劇場」「月の光」「協会の夢」「気球飛行、一八七〇年」「パラダイス・パーク」「カスパー・ハウザーは語る」「私たちの町の地下室の下」の12編です。


集中力がなくても読んでいるうちにグイグイと引き込まれていく作品は今まで何冊もありました。
しかし、この作品は軽い気持ちで読んでいると見事なまでに頭に入ってきませんでした。
気を抜くことが多いので、あれ?わかんなくなってきた、と戻って読み返すことが何度あったことか。

 

ところが自ら集中力を高めてじっくり読むと、なんとも不思議な味わいが。そして妖しさが。いや奇妙さが。
短編集だし、それほど厚い作品ではないのでもっとスラスラ読めると思っていましたが
一編読むとその濃厚さを飲み込むのに時間がかかってしまい、一日一編ペースで読んでいました。
と、書くと誤解を招きそうですが読みにくいわけではありません。
描く状況は芝居小屋全盛の古い時代を描いているようにも思えるし、つい最近の話とも受け取れる。
妖しく隠微な、退廃的な、そして不条理な世界が独特の描写と語り口で展開されているのだ。

 

例えば「協会の夢」では新しい百貨店が徐々にその内部を変化させていく様子が描かれているが、
「~地下十九階・地下四階にわたって並べられた商品が~」という誤植がある。あれ?と思いつつ
もしかして自分が思っていたのとは違う異世界を描いていて内容的には表記が正しいのでは?
などと自信を揺さぶられてしまうような雰囲気があるのだ。(勿論読み直して誤植だと確認しました 笑)


これらの中では「ナイフ投げ師」「パラダイス・パーク」「新自動人形劇場」「協会の夢」「私たちの町の地下室の下」の5作品が好みでした。
他には「月の光」の雰囲気も良かったし、「出口」も変わった作品ながら最後に状況がわかり印象に残りました。
好き嫌いは別としてバラエティに富んでいる題材の作品群なのに妙に共通している心象風景に気持ちがざわめいたり、懐かしかったり、不思議な読書体験をさせてくれるラビリンスなのでした。