吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

なめらかな世界と、その敵

著者:伴名練 (はんな れん)
出版社:早川書房


初読みの作家さんだが、読み終わった後に二つのことを実施した。

まずこれは傑作選なのか?と確認したこと。違ったけど。

次に「ひかりより速く、ゆるやかに」をざっと読み返したこと。

気になることがあったが見事に計算され尽くされているのだろう、

判断がつかなかったのでいずれまた読もう。

表紙でちょっと気後れしたため買い遅れたが、

バラエティに富み尚且つ綿密に構築されたSFを読めるとは思っていなかった。

ベストSF2019で国内篇第1位を獲得したのは伊達ではない。

もっと早く読めばよかった。


冒頭、ラファティの作品が引用されていたのでオヤ?と思いながら

読み始めた「なめらかな世界と、その敵」はいきなり意味不明の展開に翻弄されるが、

二人の少女の心理描写と終わり方が見事。出来すぎなくらい。


ゼロ年代の臨界点」はゼロ年代でも明治時代の方という(笑)

架空のSF史に取り込まれていく感じが心地よい。


伊藤計劃の「ハーモニー」のトリビュート「美亜羽へ贈る拳銃」は

脳へのインプラントによって二転三転する愛の物語。


死んだ妹から姉への書簡で構成される「ホーリーアイアンメイデン」は

複雑な心理を手紙のみで表現しているにもかかわらず

映像として浮かび上がってきた。

書簡のみの作品はいくつか読んでいるはずだが新鮮だった。


アメリカとソ連の冷戦時代から続く人工知能による攻防が描かれる

「シンギュラリティ・ソヴィエト」ではロシアのビッグデータへの麻痺した感覚が

リアルでちょっと怖い。心当たり、ありませんか?

なお、ウクライナの件で多少書き換えたとの事。


原因不明の低速化現象に見舞われた新幹線に閉じ込められた同級生たちと

修学旅行に行けなかった二人の主人公の行動や心理描写が刺さる

「ひかりより速く、ゆるやかに」は長めの作品にもかかわらず最後まで飽きさせない。

読み終わった時には心地よい疲れと満足感でいっぱいだった。

冒頭に書いたように気になることがあり読み直したが、

完全にその疑問は解消されなかった。考えすぎか?


期待していなかったせいもあるが、傑作選と勘違いするほどレベルが高い。

自著より編纂作業の方が多いように、SFに関する知識はかなりのものなのでしょう。

そのうえでこれだけの作品を書けるのだから、今後も精力的に出してほしい。


取り敢えず大森望と伴名練により編纂された「2010年代SF傑作選1」を

入手しておきました。