吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

無名 --沢木耕太郎

「BOOK」データベースより引用
一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。
そんな父が、ある夏の終わりに脳の出血のため入院した。
混濁してゆく意識、肺炎の併発、抗生物質の投与、そして在宅看護。
病床の父を見守りながら、息子は無数の記憶を掘り起こし、その無名の人生の軌跡を辿る―。
生きて死ぬことの厳粛な営みを、静謐な筆致で描ききった沢木作品の到達点。



沢木耕太郎の多くの作品に共通するのは取材対象者の近くにいながら
冷徹なくらいの観察眼を持ち合わせていること、
一方で共に考えよう、理解しようとする暖かさを持ち合わせている事だと思っている。
本作は自分の父親という存在と向き合う事、そして何より自分と向き合うことを
要求される題材となった。
通常の作品とは違う感覚で綴っているはずだ。

 

沢木は子供の頃から父親に対し、その読書量、知識量において圧倒的な畏敬の念を抱いていた。
プロのライターになった後でもその気持ちは変わらなかったようだ。
そのため、親子の会話は他者からみると堅苦しい
沢木はほとんど敬語で父親に話しかけているので違和感がある。
その経緯も隠さず書かれている。

 

父親がガンの宣告を受ける事により沢木は初めて父親の人生に興味を持つ。
父親の人生を紐解こうと、抑制の効いた文章が書き綴られる。
父子それぞれの思いやりが感じられる。
そして題材の割りにあまり暗さが感じられない。

 

父親が亡くなった後、年老いてから始めた俳句を句集として残そうとする沢木は正直羨ましい。
自分の得意分野で自分の父親の思い出を残すことができるのだ。

 

自分の身に置き換えると、沢木と父親のような知的な会話を交わすこともお互いできず、
まあ、昔から日常会話すらあまりしたこともないのだが、
離れた土地で暮らしているとは言え、一体何ができるのだろうか、とつい考えてしまう。
具体的に何かを残せないとしても、自分なりに何をしてあげられるのだろうか。。。

 

この作品が出たとき(単行本だったが)、義父が病床にいた。
本書をパラパラめくってちょっと敬遠していた。
看病、介護している義母をサポートするだけでも大変な時期で、
この手の本を読みたくなかったというのが本音だ。
ようやく読もうという気になったが、読後に、あの時もう少し何かしてあげられたのではないか、
と思いをめぐらせた。
勿論、完璧に納得してもらう事などできないし、完璧に納得することもできないのだろうが。



意識が混濁するなか死と向き合い、家で介護を受ける父親と、
家で介護をする道を選んだ沢木ら家族の選択は、
きっと「その時」が迫った時に初めて真正面から考える際にきっと参考になるだろう。
ノンフィクションライターとして介護の問題点などを上段に構えて取り上げているわけではなく、
普通の人としての沢木を感じさせる内容だった。

 

「一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。」
本当にそう思う。できればもう一合。