吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

破獄 --吉村昭

「BOOK」データベースより引用
昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。
昭和23年札幌刑務所脱獄。
犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。
その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いを描破した力編。
読売文学賞受賞作。


先日読んだ安政五年の大脱走は読みやすく爽快感が伴う作品でしたが、
この作品は題材が脱獄物である、という点のみが共通するだけで全く異質の作品です。
小説ではありますが、実際にあった話しであり、ほぼノンフィクションといっていい作品で、人間ドラマとしての重みが感じられました。


時期は第二次大戦をはさみ、日本国内のありとあらゆるものが変転を余儀なくされた時期であり、その時代背景が刑務所という、社会から隔絶された世界にも影響を与え続けていた。
この話しを、ただ「4回の脱獄を成功させてきたひとりの囚人」の痛快ストーリーとして捉えるのではなく、なぜ、この囚人が脱獄を繰り返したか、脱獄できたか、という点を、社会事情と絡ませ、淡々とウェット感なく描き上げているところに、作者のうまさを感じた。


それにしても主人公である佐久間清太郎の執念には驚愕させられる。
一瞬で自分の置かれている環境を把握し、その中でおよそ万人には思いつかないような脱獄方法を編み出してしまうのだ。肉体的にも精神的にも決して諦めないタフな佐久間は綿密な計算のもと、ある時は通常では届かない明かり採りまで這い登り、ある時は道具を作り出し床を切り、何度手錠をかけてもスルリと無意味化してしまう。
時間をかけ、金属を腐らせる、なんて方法に至っては唸るしかない。

しかし、佐久間の凄さはそれだけではない。
監視されている側の囚人が、牢獄にいながらにして看守にプレッシャーをかけ、追い詰め、人間の心理的な弱みを巧みに利用することにも長けているのだ。
このあたりにこそ社会背景が大いに関係あり、佐久間の尋常ではない頭の良さを感じる。
彼を理解しようとする府中刑務所の所長との交流が佐久間の転機になるのだが、
脱獄に対しての佐久間のある意味純粋な目的意識と反骨精神には共感してはいけないとはいえ、このパワーが何らかの仕事に生かされていたら、と思うのでした。