吉祥読本

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ららら科學の子 --矢作俊彦

男は殺人未遂に問われ、中国に密航した。文化大革命下放をへて帰還した「彼」は30年ぶりの日本に
何を見たのか。携帯電話に戸惑い、不思議な女子高生に付きまとわれ、変貌した街並をひたすら彷徨する。1968年の『今』から未来世紀の東京へ―。
30年の時を超え50歳の少年は二本の足で飛翔する。覚醒の時が訪れるのを信じて。
(「BOOK」データベースより引用)



矢作俊彦さんといえばデビューした頃のハードボイルド路線が大好きでした。
ただ、5~6冊読んだ頃にもういいやって感じで遠ざかっていました。
この作品の文庫が出たとき、久しぶりに読んでみようかなと思ってすぐに買ったのですが
約3年間も塩漬け状態にしてしまい、今に至ります。。



学生運動に参加し、警官に対する殺人未遂事件を起こしてしまった男は
中国の工作員の手引きで中国に渡った。
農民として働き、結婚し、30年経った頃、男は蛇頭の手引きで再び日本に帰国を果たす。

 

本作は50歳になった彼の眼から見る東京の姿を、かなり詳細に描写している。
土地勘のない人には冗長に感じるかもしれない。
確かに30年のブランクがあれば思わぬところに目を奪われることだろう。
渋谷の女子高生の様子やコンビニエンスストアの存在に驚き、今の我々が当たり前のように
向き合っている事のことごとくが彼にとっては戸惑う事ばかりなのだ。
当然といえば当然である。
しかし、作者は30年前の人間をただの時代遅れな男として描いているわけではない。
男を、裏社会にいる古い友人の部下が生活の世話をするが、中国系の組織との確執や
土地の権利に絡む話しを通し、見かけ上繁栄している日本の実は荒廃している姿が浮かび上がってくる。
何ともいえない鬱々とした気分にさせられる。

 

題名は誰もが知っている鉄腕アトムのことだが、アトムがらみの話しがたくさん出てくるわけではない。
けれど、鉄腕アトムが当時提示していた未来と、今の日本の姿とのギャップを示すためのアイコンとして
この題名はうまく機能していると思った。
よ~く考えると、かなり深みのある物語なんだと思う。

 

鉄腕アトムに直接影響を受け、この時代を生きてきた人にとって本作は、
とても訴えかけるものがあると思う。
が、少し下の世代からすると肝心な「何か」が理解できない気がしてもやもやも残る。
もっと下の世代には果たしてどのくらい受け入れられるのかは、疑問である。
ラストの彼の判断も、あの年代特有の考え方を理解している人には共感を得るものなのかもしれないが
正直、潔さを感じると共に違和感を持った。
読者をピンポイントで選んでいる作品だと思うが、年季の入ったさりげないハードボイルドに
久々に矢作俊彦を感じる事ができたのは収穫だったと思う。