吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

DINER --平山夢明

わたしはある日、殺し屋専門の定食屋(ダイナー)に抛り込まれた。
ほんの出来心で、奇妙なバイトを引き受けたばっかりに・・・・・。
本当に最悪な出来事っていうのは、なんお助走も前触れもなく起こる。
足元に空いた真っ黒い穴に、人は落ちるまで気づかないんだ。
わたしは落ちた。これからするのは、その奈落でのお話--
(本書表紙裏より引用)

 

独白するユニバーサル横メルカトルで痛い目に遭ったにもかかわらず
旨そうな表紙と北方謙三本谷有希子両氏の帯の言葉に惹かれていたところ古書店にあったので
連れてきてしまいました。我ながら懲りない男だ。

 

殺し屋専門のダイナーって設定ですが、この殺し屋たちが普通じゃない。
残酷この上ない連中が次々とやってくる。ゴルゴみたいなスマートさのかけらもない。
ひょんなことから美味しすぎるバイトに乗ってしまった女「オオバカナコ」が、
どこにでもいるフツーの女が、ジェットコースターのごとき勢いであっけなく地獄に堕ちていくサマは
身の毛もよだつグロさである。
ああ、やっぱりこの作品は読むべきではなかったかも・・・



しかし、である。
いつ死を迎えてもおかしくない環境の中でしぶとく生き残る「オオバカナコ」の視線で語られる物語は
壮絶な環境の中にあって奇妙な感覚をも呼び起こす。
誰もが信じることができない中で、命をかけて身を守ってくれている存在への仄かな感情だけではない。
過去に壮絶な環境で育ったが故に今のような存在になってしまった殺し屋たちのことを
誰も責めることはできないのではないだろうか、とさえ頭によぎってしまった。
もちろん、だから殺し屋になったのは仕方がない、陰惨な殺しをしてもいいと言うわけではないが
その前に考えなくてはいけない本質的なことがあるだろう、という作者のメッセージみたいなものを
感じた気がする。

 

人の持つ闇に目を凝らし、向かい合うことがかえってこの作品の美しさや不器用な優しさを
引き出しているのかもしれない。
その美しさを集約しているのが、ダイナーの主人「ボンベロ」の作り出す芸術的なハンバーガーなのだと思う。
[完璧なスフレ]を食べるためにやってくる殺し屋に絶対[完璧なスフレ]を出さないボンベロの優しさを知ると、
現実を忘れさせてくれる、そして生きる希望にもなる至福の食べ物を作りあげるハンバーガーの味は
読んだ人なら誰でも味わいたいと思うでしょう。

 

ラストは「オオバカナコ」がサラ・コナーと重なってしまったが(笑)、
読み始めの辛さを忘れさせる読後感に驚かされる。
この読後感を得るためには強烈な描写を乗り越えないといけないが、
そして好きな作品とは言いにくいが、ちょっと読んで見てよ、と言いたい。
作者があとがきでこの作品を「総力戦」と書いていますが、そのとおりなのだと思う。



ところで、このダイナーに行きたいかというと200パーセント嫌です。
それはもう別の話です。
クリスマスに、いくら旨くてもこの店に連れて行かれたら、悪夢です。
質素な食事で十分です、はい(笑)