吉祥読本

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兵士はどうやってグラモフォンを修理するか /サーシャ・スタニシチ

伊藤計劃の作品には時代こそ違うが旧ユーゴスラビアで起きた事を下敷きにした舞台装置があり、
それを傭兵の目線で描いている。
伊藤作品(虐殺器官や短編)には、生きるために兵士となる子供たちの目線で描く作品はあったが
しかし頭を撃ち抜かれ、轍に倒れている子供の姿はただ残酷な結果として風景化され、
戦禍に巻き込まれた人たちの目線はほとんど描かれていない。

 

一方、本作は戦禍に巻き込まれたかつての子供、アレクサンドルの目線で戦争を描いている。
しかし直接的な戦闘を描いているわけではない。
子供の狭い世界であっても状況の変化を感じ、そしてその時々に思ったことが日常と共に描かれる。
幸せな生活が終わり、戦争が始まり、ドイツに逃れ、そして彼は物語る。

 

「なにもかも大丈夫だったころ」に思いを馳せ、家族や親戚や近所の人たちとの楽しい普通の生活が描かれ
なんでもない時間がとても愛おしいものだったことを伝えている。
ファンタジックな物語りを紡ぎ、時を重ね、故郷に帰ったときに見る非現実的な現実をその目を通して知る。
大人になってから見る風景と、何も知らなかった頃の風景のギャップを感じる時の虚しさとはいかばかりか。

 

戦禍から離れた場所にいる日本人にとって、当然戦争を身近に感じることは無い。
しかし、時にさりげなく出てくるゲームやカール・ルイスやマドンナやガイ・リッチーの名に、
遠い昔の話ではなく、自分の生きている時間と並行している戦争がある、という現実を改めて実感する。

 

途中出てくる戦場でのサッカーシーンは、なんともやりきれない気分にさせられるが
物悲しいテーマでありながらユーモアを交えた文体に滲み出る繊細さは、
ちょっと読みにくいなと思うこともあったが、デビュー作らしい瑞々しさを感じさせられた。