吉祥読本

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信長|イノチガケ --坂口安吾

「イノチガケ」「島原の乱雑記」「鉄砲」という短編と「信長」という長編の4編が収められています。

 

「BOOK」データベースより引用
「死のうは一定」―姑息因循な“時代”の壁を蹴破り、闊達自在の“自由”を生きた、
先駆する“近代”織田信長
天下周知の笑い者が、一瞬にして変貌、屹立する―
奔放不羈で孤独な魂のみが生み得る秀抜な“変身”物語“聖なる野性”坂口安吾独創の
“歴史”小説世界。



まずは引用しておいてケチつけるのも何ですが、これ、ダブルクォーテーションが多すぎて読み難い。
漢字も難しくてスラスラ読めやしません。「不羈」という言葉は見たこともないので調べました。

 

不羈(ふき):物事に束縛されないで行動が自由気ままであること。
        才能などが並はずれていて、枠からはみ出すこと。
英語では「freedom」。英語のほうが単純でわかり易い(笑)



◆「イノチガケ」(昭和15年7、9月 文学界)
戦国時代に入ってきたキリスト教徒たちの苦難を描いている作品。
信長、秀吉、家康統治時代の切支丹たちの様子が描かれている。
新井白石が、密航で捕えたイタリア人宣教師シドチ(シローテ)の訊問をするシーンがある。
二人の屁理屈合戦と言えなくもないやりとりが面白かった。
結局は宗教家の執念は凄いの一言に尽きる。
ただ、その執念が戦争のタネになるっていうのもあるのでは?
これは小説というよりノンフィクションみたいなかんじ。

 

◆「島原の乱雑記」(昭和16年10月 現代文学)◆
島原の乱に対する題名どおりの雑記。
切支丹に関して感心の高かった坂口安吾が実際に関連する土地を訪ねたときの
取材手記も兼ねている。
最後は長崎のちゃんぽん屋で酩酊したことで締めているのが笑える。

 

◆「鉄砲」(昭和19年2月 文芸)◆
これは昭和19年に書かれたもので、太平洋戦争中に書かれたもの。
鉄砲の伝来により戦争のやり方が変わったことを綴り、当時の日本の戦い方に対する冷静かつ
的確な考えを示している。
最後の一文に全てが集約されている。
「今我々に必要なのは信長の精神である。飛行機をつくれ。それのみが勝つ道だ。」



◆「信長」(昭和27年10月-昭和28年3月 新大阪(新聞))◆
信長の少年時代から桶狭間の戦いまでを書いた長編作品。
他の信長作品と違い、堅苦しさや格式ばった記述がなく、現代口語体での会話などとても読みやすく
親近感が涌く。やけに柔らかく、そして人間臭い印象の作品に感じる。

 

大タワケであることは変わりないのだが、独立してから天下に飛び出すまでの間の苦労や突出した
能力の片鱗が描かれる。
そしてなぜ、大タワケと言われたか、いや大タワケとなったか、その理由もよくわかる。

 

周辺の群雄たちだけが敵ではなく、むしろ自分の身内がいつ敵になるかわからない時期で
ヘタに戦争に出かけようものなら親族に城を乗っ取られる心配をしなければいけない。
手勢も少ないなかでどう生き残るかをずっと考え続けている日々。
優秀な部下が集まるのはもっと先の話で、当初はたった一人の才覚で切り盛りし、
仲間を徐々に自分の手で育て上げる。

 

まわりは全て敵にで、誰も信用しない。
生き残るための合理性と、仲間であれ犠牲にする非情さ。
しかし、敵をも感服させ、味方にしてしまう心の広さ。
後の信長がこの時期に完成したことがよくわかる。

 

大タワケとして疎まれる信長、策士として敵が多い「蝮」こと斉藤道三という
どこか似たもの同士だからこそ通じ合える二人の親交なども興味深い。
道三が織田信長の本質を見極める経過などは特に好きな場面だ。

 

織田信長を描く作品としては特異な作品だが、切り口としてはとても面白い。
会話ひとつとっても時代物とは思えない書き方をしている。

 

例えば濃姫が信長に対して、既に味方は父の道三しかいない、と言った時の信長の言葉。

 

「ア、そうか。しかし、それは、オレの考えとちがっている。オレの考えでは、すでに今から、
一人のこらず、全部が敵さ。アンタのオヤジサンも、敵のうちにいれておく方がわかりやすい」

 

 ~

 

そして濃姫の言葉。

 

「私も当にはなりません。今は、あなたの仰有るようかも知れないけど、私はバカな人と一しょに、
バカにひきずられて、身を亡ぼすのはキライです」

 

カタカナと平仮名の多用、そして現代的な口語を使って、なんて自由な書き方をしているんだろう。



桶狭間の後も書いて欲しかったなあと思う反面、坂口安吾が書きたい織田信長
桶狭間までに全てが凝縮されているのだと思う。
無頼派と言われた坂口安吾が信長と自分を重ね合わせ、愛着をもっていたことがよくわかる。




ところで、この本は文庫本(講談社文芸文庫)としては1,680円という破格の高さだ。
一方、宝島社文庫からは「信長」が500円で売られている。(3つの短編が入っていない)
てっきり別作品だと思い込み、坂口安吾の読み比べができると嬉々として両方買ってしまった。
次はこれだね、とパラパラめくって気がついた。買う前に気付け!

 

本物の大タワケとは。。。。うぅぅ