吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

人質の朗読会 /小川洋子

すっかり小川洋子フリークになっている気がする。
題名からは内容が推察できなかったが、最初にその謎が明かされる。
海外で日本人のツアーバスがテロリストによって襲われ、ガイドと客の合計8人が拉致される。
その事件が人々の記憶から薄れかけた頃、特殊部隊が監禁場所に突入し、
犯人グループは射殺され、人質は全員爆死してしまう。
本当に人質の話なのだ。

 

8人は監禁されている中で退屈を紛らすため、自分たちの過去にあった記憶を書き留め
それをみんなで発表し合う。
その状況は特殊部隊によって盗聴され、録音されていた。
後日、その録音内容がラジオで放送されるという、変わった仕掛けなのだ。

 

旅先で偶然乗り合わせた共通点のない8人の語る話であり、実はこんな繋がりがあった、
みたいな仕掛けはない。
バラバラな思い出が本人によって朗読されているのだが、読者には最初に彼らが死んでいることが
わかっているので、なんてことも無い話がドラマチックにも感じられるし、
それぞれの章を読み終わるたびに
「そして、そのあと爆死してしまう」という言葉が浮かんでくるため、
なんとも切ない気持ちになってしまう。

 

子供の頃、ブランコで足を痛めた男に杖を調達する話や、ビスケット工場で働く女性と
アパートの大家さんとの話、変わったぬいぐるみを売る老人と子供の話、
コンソメスープを作るために台所を貸してくれとやってきた隣家の人の話とか。
先日読んだ「原稿零枚日記」のあらすじをまとめる仕事をしている主人公に通じるものも感じるし、
「○○あらし」のような行動を語る人もいる。
現実にはたわいのない話でありながら、そこは小川洋子
どこか現実世界に一枚フィルターがかかったような幻想的な世界が垣間見える。

 

年齢も職業も違う人たちの、多分この朗読会がなければ決して語られることもなかったかもしれない、
ちっとも劇的ではない、日常に埋没しそうな記憶なのに味わい深い。
各章の終りには本人の職業、年齢、ツアー参加の理由が添えられている。
不思議な事にそれだけで勝手に読み手が物語りに厚みを加えてしまう仕掛けになっている。

 

人質は8人なので朗読は8編のはず。しかし本作は9編で構成されている。
その理由は書かないが、そこにも小川作品の巧さがある。