吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

新しい世界の資源地図-エネルギー・気候変動・国家の衝突

著者:ダニエル・ヤーギン
翻訳:黒輪篤嗣 
出版社:東洋経済新報社


現在、世界中で起きている様々な問題を知るには大いに役立つ内容だった。

昔から本質的には変わらないが、資源をいかに確保するか、

この一点だけで戦争や紛争や確執が生まれるのだと改めて気づかされる。

アメリカ、ロシア、中国、中東という地域ごとの歴史、問題点、戦略などが

簡潔に整理されている。


シェール革命に関してはぼんやりとしていた知識が技術的な内容を含めて

何をもって革命なのかがよく理解できた。

ロシアに関してはウクライナ戦争直前に出版された(日本では)にもかかわらず、

いや、だからこそ冷静な記述が生々しく現状とリンクしているいることがよく分かる。

資源を貪欲に欲している中国の思惑は、今後の世界に与える影響が

大きいことは確かだが、特に日本は直接的に影響が大きい地域だけに

不気味でしかない。

中東は本書で最もページが割かれていた。

日本の石油の9割近くは中東からの輸入なので地域の情報は常々理解したいのだが、

宗教も複雑に絡むため、いつも頭が混乱する。

エネルギー問題と切り離せない自動車産業の現状と今後,

そして気候変動によるエネルギー政策の在り方などを含め、

非常に分かり易く纏められ、とても勉強になった。

 

マイクロスパイ・アンサンブル

著者:伊坂幸太郎
出版社:幻冬舎 


猪苗代湖の音楽フェス「オハラ☆ブレイク」で配布された冊子に掲載された

短編を書籍化した連作集。

「オハラ☆ブレイク」に関しては知りませんでした。

最初は、伏線だとしても何か腑に落ちないなあと思いながら読んでいたが

途中から、ああそういうことか、そんな世界観なのかとわかると全てが繋がった。

読み方がわかると後は少しとぼけたいつものような伊坂幸太郎節の会話を

味わいながらまったりと文字を追う。

最近集中力を必要としたり、殺伐とした内容だったり、

図書館本に追い詰められたりと読書に疲れ気味だったが、

肩肘張らない伊坂幸太郎らしい作品でリラックスしながら読めました。

それぞれのキャラクターが穏やかで、無意識な行動が誰かの幸せに

繋がっているってだけで安心する。

いつもならもう少しトリッキーさを求めてしまうが、

本作はタイミングも内容もページ数も気分的には丁度良い塩梅でした。

 

本当は泥棒さんとか死神さんとか殺し屋さんの作品を心待ちにしているのですが。。。

なんだか物騒な感じだけど(苦笑)

 

なめらかな世界と、その敵

著者:伴名練 (はんな れん)
出版社:早川書房


初読みの作家さんだが、読み終わった後に二つのことを実施した。

まずこれは傑作選なのか?と確認したこと。違ったけど。

次に「ひかりより速く、ゆるやかに」をざっと読み返したこと。

気になることがあったが見事に計算され尽くされているのだろう、

判断がつかなかったのでいずれまた読もう。

表紙でちょっと気後れしたため買い遅れたが、

バラエティに富み尚且つ綿密に構築されたSFを読めるとは思っていなかった。

ベストSF2019で国内篇第1位を獲得したのは伊達ではない。

もっと早く読めばよかった。


冒頭、ラファティの作品が引用されていたのでオヤ?と思いながら

読み始めた「なめらかな世界と、その敵」はいきなり意味不明の展開に翻弄されるが、

二人の少女の心理描写と終わり方が見事。出来すぎなくらい。


ゼロ年代の臨界点」はゼロ年代でも明治時代の方という(笑)

架空のSF史に取り込まれていく感じが心地よい。


伊藤計劃の「ハーモニー」のトリビュート「美亜羽へ贈る拳銃」は

脳へのインプラントによって二転三転する愛の物語。


死んだ妹から姉への書簡で構成される「ホーリーアイアンメイデン」は

複雑な心理を手紙のみで表現しているにもかかわらず

映像として浮かび上がってきた。

書簡のみの作品はいくつか読んでいるはずだが新鮮だった。


アメリカとソ連の冷戦時代から続く人工知能による攻防が描かれる

「シンギュラリティ・ソヴィエト」ではロシアのビッグデータへの麻痺した感覚が

リアルでちょっと怖い。心当たり、ありませんか?

なお、ウクライナの件で多少書き換えたとの事。


原因不明の低速化現象に見舞われた新幹線に閉じ込められた同級生たちと

修学旅行に行けなかった二人の主人公の行動や心理描写が刺さる

「ひかりより速く、ゆるやかに」は長めの作品にもかかわらず最後まで飽きさせない。

読み終わった時には心地よい疲れと満足感でいっぱいだった。

冒頭に書いたように気になることがあり読み直したが、

完全にその疑問は解消されなかった。考えすぎか?


期待していなかったせいもあるが、傑作選と勘違いするほどレベルが高い。

自著より編纂作業の方が多いように、SFに関する知識はかなりのものなのでしょう。

そのうえでこれだけの作品を書けるのだから、今後も精力的に出してほしい。


取り敢えず大森望と伴名練により編纂された「2010年代SF傑作選1」を

入手しておきました。 

AI監獄ウイグル

著者:ジェフリー・ケイン
翻訳:濱野大道
出版社:新潮社


世界情勢に関するニュースはウクライナ一色となっているが、

ウイグル問題も今でも継続している大きな問題である。

本書を読むまでここまでのことが起きているとは知らなかった。

欧米が声を上げているのに日本ではなぜか大きく扱われていない、

ということもあるのだろう。

マスコミも政府も経済界も中国に忖度しているからだろう。


ジョージ・オーウェルの「1984」を読んだ人であれば説明がしやすい。

あの世界が既にウイグルに存在しているのだから。

ウイグル人に対する強制収容と再教育という名の洗脳、相互監視、

街に設置される夥しい数のカメラ、不妊手術の強制による民族の破壊、

強制労働などは多少聞きかじっていたが、具体的な内容をより知ると

中国いや中国共産党の酷さに言葉が無い。


中国で会社を運営するには中国の会社と提携しないといけない、

機密であるはずの技術情報を提供しないといけないなど

制約や条件が自由社会陣営にとって不利なものばかりで

大きなマーケットに参加する権利を国家ぐるみで人質にする不公平さや

会社内にお目付け役の共産党員を送り込むことまでは知っていた。

ところがこんなものではなかった。

家族が危険分子と判断されると、会社同様、家庭に共産党員を

「家族」として入り込ませて監視したり、

家庭内にまで監視カメラを堂々と設置してしまうなど、

人権など微塵もない予想以上の監視社会が出来上がっていることに愕然とする。

上海のロックダウンもウィグルのノウハウが生かされているのかもしれない。


こんな状況が有るにも関わらず、経済優先とばかりに見て見ぬ振りをしているのが

今の日本の現状だろう。

日本には関係ないと思っていたらきっと痛い目に合う。

現実と向き合うことは決して楽なことではなく、痛みも伴う。

人権や平和や自由は言葉だけで得られるものではない。

中国に忖度している場合ではない。

アメリカを100%信用するべきでもない。

日本がウイグルウクライナのようにならないためには現実を知り、

本当の意味での自立を急がないといけない。

その時期は、とっくに来ている。

 

かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖

著者:宮内悠介
出版社:幻冬舎


明治時代末期。

若き芸術家たちがセーヌ川に見立てた隅田川河畔の料理店「第一やまと」に集い、

芸術を語り合うべく「牧神(パン)の会」を定期開催する。

その会合で様々な事件の話をメンバーが推理するという形式。

著者が明かしているようにアイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」を

アレンジしているとのこと。

存在は知っているが「黒後家蜘蛛の会」関連の作品は読んでいない。

が、問題無し。


「パンの会」は実際にあったようだが、全く知らなかった。

木下杢太郎、石井柏亭山本鼎北原白秋石川啄木など

知っている名前もあれば知らない名前もあり(知らない名前のほうが多いが)、

この時代の芸術に疎いことが我ながら情けないくらいだが、

内容的には読み易いので気にしない気にしない。


北原白秋石川啄木のキャラクターが面白かったが、

一話ごとに挙げられるディープな参考文献の多さを考えると

想像というより本来の人物像にかなり近づけているのではないかと思われる。


肝心の推理に関しては盛り上がりに欠ける。

雰囲気は時代を感じさせていいのだが。

最後の話しのみ宮内悠介らしさが感じられるトリッキーで不穏な内容が面白かった。


予測通り、題名にある「彼女」の正体は最後に明かされるが、

特に大きな驚きが無かったのは、この時代の芸術家や

文筆家に対する自分の知識不足によるものでしょう。

 

残月記

著者:小田雅久仁 
出版社:双葉社


「増大派に告ぐ」、「本にだって雄と雌があります」は読んでいるが

本作を含めそれぞれ印象が違い、著者のイメージが掴めない。

それだけ引き出しが多い作家さんなのかな。


月をモチーフにした3篇のダークファンタジー

いきなり世界が反転し、ゾワリと不穏な気持ちにさせる

「そして月がふりかえる」が一番好きなタイプの作品だった。

てっきり終わり方が連作集を思わせたが違ったみたい。


「月景石」はちょっと頭を切り替えるのがうまくいかなくて疲れたが

世界観はしっかりと描かれていた。


「残月記」は独裁国家となった近未来の日本を舞台に、

狼男とグラディエーターの融合したような物語なのかと思いきや

想像を超えた切ない愛の物語だった。

「瑠香」がそれほど重要な存在になるとは思っていなかったせいもあり

特に気に留めていなかったが思わぬ展開に

読後、二人の出会いや関係性を読み返した。

全てではないが、色々と腑に落ちた。


どの作品も再読するとより深い味わいができそう。

とにかく、緻密で濃厚な世界の構築力はなかなかなものだ。

寡作なので次の作品がいつ出るのかはわからないが、心して待つ。

 

幸村を討て

著者:今村翔吾
出版社:中央公論新社


今村作品の長編は最後まで飽きさせない。本作然り。

早い段階で幸村が退場してしまい、こんな分厚い本なのに大丈夫か?

と心配したものの、すっかり今村さんにやられました。


「幸村を討て」をキーワードに

真田幸村、信之の一族を守り、後世まで名を残すための戦いを

伊達政宗毛利勝永など関わりのある武将たちの視線で描き、

真田家の行動の謎を徐々に解き明かしていくミステリー仕立てともいえる

展開に引き込まれる。

謎の多い幸村だけではなく、武将たちの行動の謎も含め

情報が繋がっていく様は気持ちが良い。

信之と徳川家康が対峙するラストは緊迫の連続。

もう、面白いとしか言いようがない。

毛利勝永も信之も幸村も今村作品らしく、魅力的な人物として描かれており流石。

さんざん真田家に翻弄された徳川家康もなかなかなもの。

それぞれの武将の気持ちが実際どうだったのかは分かりようもないが、

本書のようであったらいいのにな。

 

「八本目の槍」でのシーンが一瞬交錯していたが、

他にも別作品とのリンクがあるのかな?