吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

他人事

著者:平山夢明
出版社:集英社

 

この夏、「ナツイチ」の一冊として平積みされてたのを見かけ、読んでないのに気づき購入。
映画「ダイナー」と合わせて一気に売ろうと思ったのでしょう、気持ちはわからないではないが「ナツイチ」の一冊に加えてもよかったんでしょうか。

 

14の短編は不条理で相変わらずえげつない。他人に起きているなら無関心で済むが、
自分や自分の関係者に起きれば卒倒ものの悪意の競演が描かれる。
全くオチが無いものや救いのない作品たちは読み終わるたびに様々な闇を見せつける。
「仔猫と天然ガス」「伝書猫」「人間失格」が特に印象に残る。
やけにリアルさがあって、ごく普通の日常の隣にはこんなこともあるんだよって囁かれているようで不愉快極まりない。
さすが平山夢明というべきか。

平山作品は悲惨な話でも仄かな愛や少しばかりの希望を感じるものも多いので読み続けているが、この作品集はそれらをほぼ感じることができなかったのが残念。。
その切り出し方に雑味を感じた分、ちょっと評価は低め。

 

寝る前に読んでいると変な夢を見ることが多かった。
作品とは関係ない夢ばかりだが、何か影響しているような不穏さがあった。
もちろん本書のような状況が身の回りに起きるのは、夢であっても遠慮願いたい。

 

2019/11/20読了

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

編集:ケン・リュウ
翻訳:中原尚哉/大谷真弓/鳴庭真人/古沢嘉通
出版社: 早川書房

 

思っていたよりも楽しく読めた「三体」で中国作家をもう少し知りたくなり、文庫本になった本書を勢いのまま購入した。
ケン・リュウの序文で「中国SF」には中国の社会背景や歴史に対する暗喩が常にあるのではないかと思われることを危惧するようなことが書かれていたが、それは杞憂に終わったと言える。
SFに中国も欧米も日本も区別するものではないことがよくわかった。
これだけバラエティに富み、知識も豊富な作家たちの作品を読まされると中国を意識するのは人名や地名ぐらいなものだといっても過言ではない。
もちろん中国の持つ社会背景や歴史を意識する作品もあるが、社会背景に対するメッセージ性は欧米の作品にもあるわけだし、中国にだけ特別なフィルターを通すのはよろしくないだろう。
ケン・リュウの作品集を読んだ時と同様の満足感だった。

最初の「鼠年」からしてすぐに引き寄せられ、夏笳の一連のふんわりとした作品に引き込まれ、「1984年」へのオマージュ「沈黙都市」でやっぱり中国って・・・とちょっと意識させられ、
「折りたたみ北京」でこんなイメージの映画があったなと思いながら想像し、
「三体」から抜粋された「円」にやっぱ人間計算機すげーと再読を喜び、
「神様の介護係」でユーモアものかい、と思っていたら「三体」に繋がるようなスケールのでかい展開にと、面白さが尽きない。

「三体」の続編が出るまではケン・リュウのみならず、他の作家の作品も楽しみながら待つというのは大いに有りだと思う。

 


以下収録内容

序文:「中国の夢」 ケン・リュウ

陳楸帆
「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」

夏笳
百鬼夜行街」「童童の夏」「龍馬夜行」

馬伯庸
「沈黙都市」

郝景芳
「見えない惑星」「折りたたみ北京」

糖匪
「コールガール」

程婧波
「蛍火の墓」

劉慈欣
「円」「神様の介護係」

エッセイ:劉慈欣陳楸帆夏笳

 


2019/11/8読了

黒い玉

著者:トーマス・オーウェン
翻訳:加藤尚宏
出版社:東京創元社

 

ベルギー作家の作品自体初読みだと思うが、ベルギーを代表する幻想派作家とのことで読んでみた。

14本の短編は移動やちょっとした空き時間に日常から離れるにはちょうど良かった。

特に怖いとかではないし、時間が経つと印象に残りにくいかな。

表題作は「まっくろくろすけ」をイメージさせるので印象的だが、決してほのぼのする内容ではない。

印象に残ったのは「父と娘」「旅の男」「鼠のカヴァール」の3作品。

多少の古臭さは感じるが、それも含めて独特な雰囲気な短編集。

いずれも人の心の闇を描いていて、そのあたりを短く的確に描写できているところに巧さを感じた。

今更ながら自分の好みの傾向がわかったような気がする。

決して闇に共感しているわけではないですけどね。

 

2019/11/1読了

僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた

著者:アダム・オルター
翻訳:上原裕美子
出版社:ダイヤモンド社

 

今の時代がいかに依存症で覆われているかがよくわかる。
様々な依存症を具体例に説明されると自分もその依存症と無関係でいられないどころか既に侵食されていることに気づく。
デジタルドラッグによる依存症が世界に伝播していることは否定できない。
自分は関係ないと思っていても「いいね」が欲しくて無茶な行動を続けたりゲームがやめられず仕事や睡眠を犠牲にしていないか自問すると当てはまる人は多いのでは?
デジタルデバイスに接するタイミングはできるだけ遅いほうがいいとのことだが、ジョブズが自分の子供にiPadを使わせなかった事がそれを裏付けているような。。。


個人的な話だが、PCと一日中接していると気が滅入る。
仕事だから仕方がないができるだけPCから離れたい。
しかし、離れると今度はスマホで仕事のメールを確認する頻度が高くなる。
それは休みの日でも関係ない。
休みも時間も関係なく送られてくるメールに辟易しているが無視もできない。
これは依存症とは言えないかもしれないが気になって仕方がない。
気持ちでは画面すら見たくないのに無意識に確認している自分がいる。

せめて休みの日のメールチェック頻度は意識的に減らそうと思っているが、
どこまでできるのか。。。
就寝時のスマホとの距離はミュートのうえ、手が届かない場所に置いているのがせめてもの救いか。


ところで本書には脚注がたくさん付いているが、その解説がどこを探しても見つからない。
まあ引用先や出典を見てもあまり意味ないからいいか、注釈丸ごと落丁か?などと思って読んでいたが奥付のページに注釈用のWEBサイトがあることを発見した。
そのURLを見るとPDFファイルを参照するようだ。
わざわざダウンロードしてまで注釈を読むほどの熱意はないが、時代?だろうか。
何だかなあ。

 

2019/10/30読了

写楽とお喜瀬

著者:吉川永青
出版社:NHK出版

 

能役者・斉藤十郎兵衛が写楽として短い期間に残した絵を世に放つ経緯と苦悩を描く人情噺。

芝居を観たいがために役者絵を描き、士分のため名前を秘す必要がある十郎兵衛。
陰間であるお喜瀬との出会いと別れや許嫁の不幸な死など、苦しみを絵にぶつけ反映しながら苦悩する姿が痛々しい。

命の恩人である井上左馬之助夫妻の深い優しさによって強くなったお喜瀬との再会は静かな余韻をもって写楽を消し去り、新たな幕を開けるのでしょう。

 

蔦屋重三郎の山師ぶりと約束を守る俠気ぶりを含め、吉川作品らしい爽やかな登場人物たちが気持ちいい。

 

 

2019/10/20読了

三体

著者:劉慈欣(りゅう じきん)
監修:立原透耶
翻訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
出版社:早川書房

 

中国人作家が書いた評価が高いSFという程度の前知識しかなかったので文化革命からの導入に驚いた。
しかし中国の歴史や社会背景と、ナノテクやVRゲーム、物理、地球外生命など様々な要素のコラボが独特の雰囲気を醸し出す。
人力計算機、科学的発展を止める「智子」プロジェクト、ナノ繊維を利用する派手な作戦などアグレッシブでスケール感たっぷりのエンタメ作品としても読ませる。
様々な知識が詰め込まれているわりにハードなSFとは感じさせない点は翻訳のおかげでしょう。
三部作らしいが虫けらの意地を楽しみに待ちます。

 

レイチェル・カーソンの「沈黙の春」も本作品の根幹にあり、環境問題が大きくかかわっていることがわかる。

三体問題は知らなかったが、作中の説明とネット検索で何となく理解したふり。

環境問題という地球と共通の悩みがあったり、「智子(ソフォン)」(「ともこ」ではない(笑))の実験に何度か失敗するなど三体人に少し親近感を持ってしまう。

今後、地球人と三体人の接触が描かれるのだろうが、単純な戦いではなく、どちらの文明も同じような内部対立があることだしもう少し人間臭い葛藤が描かれるのかなと予測。

3千万人を使う人力計算機など人海戦術が得意な中国ならではのアイデアは面白い反面、エラーが出ると躊躇なく排除する冷酷さも描かれ、これも「らしさ」なのか?と考えさせる。

アジア圏では初のヒューゴー賞受賞とのことですが、最後まで面白く読ませてくれる作品であることを願います。


2019/10/15読了

 

 

ゆめこ縮緬

著者:皆川博子
出版社:KADOKAWA

 

大正、昭和初期を舞台に耽美で妖しい世界を浮かび上がらせる8編はいずれも濃密な匂いが漂う。
ほとんどの作品で1行目を読んだ途端引き込まれる確率の高さには参る。
馴染みの薄い古い言葉が妙に心地よく、その場で自分が息をひそめながら成り行きを見守っているような臨場感と夢の中のような茫洋としたあやふやさに落ち着かない。
女性の情念、闇、血の匂いにゾクリとしながらあちらとこちらの世界を行ったり来たり翻弄され漂う。
どの作品も良いが「文月の使者」「桔梗闇」「玉虫抄」が特に。


このたび復刊した文庫。

皆川文学の真骨頂。これ以上語るほどの語彙の持ち合わせがありません。

「文月の使者」「影つづれ」「桔梗闇」「花溶け」
「玉虫抄」「胡蝶塚」「青火童女」「ゆめこ縮緬


2019/10/7読了