吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

走る赤 -中国女性SF作家アンソロジー

出版社:中央公論新社 
武甜静/編
橋本輝幸/編
大和実/編訳


女性作家14人によるアンソロジー。作家の性別はあまり気にならなかったが、

人口が多いとはいえ、中国の女性SF作家の豊富さは世界のどの国をも

凌駕しているのでは?

それも大学で基礎をしっかり学んでいる人が多いので、

例えファンタジックな内容でも妙に説得力がある。

何人かの作家さんは読んだことがあるが、正確には思い出せず申し訳なく。

名前が読めないんだよな~、と言い訳。

「完璧な破れ」「語膜」「ポスト意識時代」「世界に彩りを」 が

読みごたえがあって好みだった。

 

スタートの「独り旅」はノスタルジックで星新一作品のように淡々としている。

「木魅」「夢喰い貘少年の夏」は日本を舞台としていて異色。

表題作の「走る赤」は最初こそ気持ちが乗らなかったが終盤に向けての疾走感は

素直に楽しめた。


「語膜」 は母と子のすれ違いがある意味ホラーで怖い。

「ポスト意識時代」に関しては既にこの傾向が始まっている気がする。どうでしょう。

「世界に彩りを」に描かれる電子チップ付きの網膜調整レンズを眼球に

埋め込む時代は来るかもしれないが、加速度的な色の増加を認識してしまう結果、

大きな破綻を招いてしまうだろう恐怖を感じる。

上記3作は共通で世代間のすれ違いが描かれ、

身近な人との乖離がより怖さを増加させているのだろう。

なかなかバラエティに富んだ作品集でした。

 

 【収録作品】
序 武甜静(未来事務管理局)
・「独り旅」夏笳 著/立原透耶 訳 
・「珞珈」    靚霊 著/山河多々 訳
・「木魅」    非淆 著/大恵和実 訳
・「夢喰い貘少年の夏」   程婧波 著/浅田雅美 訳
・「走る赤」  蘇莞雯 著/立原透耶 訳
・「メビウス時空」    顧適 著/大久保洋子
・「遥か彼方」    noc 著/山河多々 訳
・「祖母の家の夏」    郝景芳 著/櫻庭ゆみ子 訳
・「完璧な破れ」    昼温 著/浅田雅美 訳
・「無定西行記」    糖匪 著/大恵和実 訳
・「ヤマネコ学派」    双翅目 著/大久保洋子
・「語膜」    王侃瑜 著/上原かおり
・「ポスト意識時代」    蘇民 著/池田智恵 訳
・「世界に彩りを」    慕明 著/浅田雅美 訳
編者解説 中国SF最前線を駆ける十四の彗星 橋本輝幸

 

映画を早送りで観る人たち-ファスト映画・ネタバレ-コンテンツ消費の現在形

著者:稲田豊史 
出版社:光文社


題名通りの新書だが、考えてみたことのない内容だったので

勉強になったというか何と言うか。

ファスト映画サイトの存在は知っていたが興味が無かったので見たことすらない。

話題に遅れたくないのだろうくらいは予測できるが、もう少し切実なようだ。

製作者からすれば早送りで鑑賞されたうえで批評されたら堪らないだろうが、

批評することよりコンテンツの「消費」の仕方がそもそも違ってきているようだ。

映画やドラマなどを鑑賞する行為を「消費」と表現することに違和感を覚えるが、

現状はこの表現がピッタリなのかもしれない。

SNSという環境が多くの人の人生にとって大きなウェイトを占めていることは

誰もが認めるだろうが、人と繋がることを重視するあまり、

多くの情報を集め、様々な属性の人たちと情報を共有すること、

共感する事のために少ない時間で情報を収集することが目的化している。

そのためであれば、製作者たちが伝えたいものの表現としての時間軸を

無視して結論のみを得ることも是とする。

確かにテレビドラマやバラエティ番組、アニメの早送りは経験があるし、

ある程度理解できるところはある。

これに関しては作り手側の意識の問題もあると思うが、

その事は置くとして、自己主張よりも、多くの共感を得ることで

仲間意識を持続することの方が大事なのか、

そんな時代なのかとおっさんは思うわけだ。

製作者側もそれらを踏まえて製作しているのだろうけれど。


読書(漫画)においては最初から作者の意図を探りながら読むことが

最良だと思ってきたので、結末を読んだ後に最初から読む人たちの存在には

疑問しかないのだが、映像同様、結果を知っているから安心して

読めるという人もいるのだなと宇宙人と遭遇した時のように驚かされる。

勿論、宇宙人と遭遇したことは無いのだが。

しかし、よく考えると再読する際には結論も経過も知っているのに

むしろ別角度の目線で楽しめるよなと思い至ると、

分からないことを否定するのではなく、時代は確実に変わりつつあることを

受け入れないと、と思うわけで、まあ人それぞれの楽しみ方をすればいいのか。

だけど再読だからいいと思うけど、やはり読書だけは自分のスタイルとして

初読みの際には最初から読むぞ。


あ、短編集の時は時間に合わせて短いものを先に読んでたりもするか。。。。

ま、いいか、いいよね。

 

孤剣の涯て

著者:木下昌輝
出版社:文藝春秋 

 

過去のいくつかの作品から連なるような構成っぽいが

徳川家康に呪いをかけた犯人を捜しだすよう依頼された宮本武蔵のイメージが

「敵の名は、宮本武蔵」からガラリと変わってしまい戸惑う。

戦国の世が急速に終末に向かう中、弟子もなく落ちぶれているのは

時代だから仕方が無いとは言え、ちょっと可哀想な描き方になっているような。

「宇喜多の捨て嫁」「宇喜多の楽土」の流れもあるが、

妖しさを意識したわりに過去作の妖しさには及ばない気がする。

「戀童夢幻」も含め、いくつかの過去作品の要素を取り込み過ぎたのでは?

そのせいか、いつもの木下作品に比べると入り込めなかったのが残念。

決して面白くないのではなく、宮本武蔵とミステリーの組み合わせに

力点を置き過ぎてしまったのではないか。

徳川家康にしても呪いを信じていないわりにはかなり呪いを避ける努力が

半端ないわけだが、結局それが人を憎む連鎖を招いているだけで

末代まで祟るってことは、呪いというより子孫に憎しみを

リレーしている結果なんだろうな。

 

 

2010年代SF傑作選2

編集:大森望/伴名練 
出版社:早川書房

 

「2010年代SF傑作選1」はベテラン勢で、

第2弾は2010年代にデビューした人たちという括りとのこと。

既読は「スペース金融道」 と「従卒トム」の2作品のみ。

「従卒トム」はやっぱり面白いが、この傑作選では小田雅久仁の

「11階」が一番良かった。

 

気になっていながら未読だった小川哲。思わぬ形で過去を知ることで

親子の関係を再考する主人公を情緒的に描いていて、 

SF要素だけではない力量を感じさせる。遅ればせながら、読むか。

 

題名だけ知っていたが「流れよわが涙、と孔明は言った」には掴みで夢中に(笑)

テンポも良いしふざけ具合に嫌味もなく、最後まで楽しかった。

 

そして色々な意味で最も印象に残ったのは酉島伝法「環刑錮」。

ただただグロい。想像力を刺激され続け、息苦しくて結構疲れる。

よくもまあこんな発想を、と思うが途中で既読感があるシーンに出くわし、

記憶を辿るが思い出せない。思い違いだろうがこのシチュエーションで?

 

本傑作選の中で一番良かったのは、ホロリとさせる小田雅久仁「11階」。

SFというより幻想小説だが、先日読んだ「残月記」はこの作品と同系列かな。

冷めているようで結局熱い思いをじんわりと描くのが巧い作家。

 

SFの傑作選ではあるが、自分の思うSFとはだいぶ感覚が違う作品が多く

戸惑うこともあったが、それでも今後のSFの流れがどのように変遷していくのか

見守りたいと思います。

付いて行けなくなるかもしれないが。。。

 

 【収録作品】
●小川哲    :「バック・イン・ザ・デイズ」 
●宮内悠介   :「スペース金融道」 
●三方行成   :「流れよわが涙、と孔明は言った」
●酉島伝法   :「環刑錮」 
高山羽根子  :「うどん キツネつきの」 
柴田勝家   :「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」 
藤井太洋   :「従卒トム」 
●野﨑まど   :「第五の地平」 
●倉田タカシ  :「トーキョーを食べて育った」 
●小田雅久仁  :「11階」 

 

日本アニメ史-手塚治虫、宮崎駿、庵野秀明、新海誠らの100年

著者:津堅信之 
出版社:中央公論新社

 

大正時代から現在に至る日本アニメの歴史が手軽に読める新書。

副題にあるように手塚治虫宮崎駿庵野秀明新海誠など

アニメ界にとって大きな影響を及ぼした人、及ぼしている人たちを取り上げ、

その役割の解説のみならず、「白蛇伝」をはじめとする黎明期の流れが

かなり詳しく、社会的背景などの絡みも含めて思っていた以上に楽しめた。

あの漫画家は?と思うこともあるが、キリがないか。

鬼滅の刃」などにも触れていますが、最近のアニメ動向に関しては薄めです。

もう少し時間が経過しないと歴史的な位置というのも分からないでしょうし。


少し横道に。。。

日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」はもともと在籍していた会社が

参加していたので特に興味深く読みました。

アニメには特に詳しい訳ではないので、当時はその話を聞いても

「ふ~ん」程度だったが、今となっては詳しい話を聞いておけばよかったと思う。

まあその時点でも関係者だった方はリタイヤ状態で、

たまにしかお会いできなかったんですが。

それと当時仕事で関わりのあった日天、横シネなどの会社名が出てくると

何とも懐かしかったです。


本書とは関係ない話になってしまいましたが、

黎明期の様子を体系的に読める本はなかなか無いようだし、

興味のある人には貴重なアニメの「歴史書」だと思います。

 

すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集

著者:ルシア・ベルリン
翻訳:岸本佐知子
出版社:講談社


もともと前著「掃除婦のための手引き書」に収められなかった作品群が

今回の作品集となり、これで「掃除婦のための手引き書」は全てとの事。

前作同様、いずれも著者の経験が強く反映されている作品が多いようだ。

それぞれの作品に散りばめられた鋭い表現にハッとさせられる。

重苦しいどうにもならない境遇、苦しさや切なさの中で冷めた感覚を持ちながら

たくましく生きる姿を 爽やかさや時にユーモラスにも描いている。


印象的な作品はたくさんあるが、特に印象に残ったのが下記3作品。

 

ガチャガチャした雰囲気のなかで実は切羽詰まっている現実に揺れ動く

主人公を描く「虎に嚙まれて」。


他人からどんな目で見られているのだろうと自分のことをつい考えてしまったが、

他人がわかるわけないよな、自分だってわからないんだから。

分かったふりをする奴は多いけどな。

なんてつらつらと思いながら読んでいた「哀しみ」。


どうしようもない年の差カップルの生活に大丈夫か?と思いつつ

弁護士の視点を交えた「笑ってみせてよ」は

この作品集のなかで最も気に入った終わり方。

決して素晴らしい人生が待っているようには思えないが、

苦笑しながら「お前等の人生だ、まあ、頑張れ」と呟くしかない。


切り取られた人生の断片がこんな形でさらけ出されるとちょっと躊躇もするが、

その巧みな描き方には様々な味わいがある。

 

2010年代SF傑作選1

編集:大森望/伴名練 
出版社:早川書房


大森望、 伴名練が選ぶ2010年代のSF傑作選その1。

伴名練の作品「なめらかな世界と、その敵」が面白かったので

本当は伴名練の作品を読みたかったのだが寡作のため

とりあえずアンソロジストとしての仕事を拝見することにした。

 

既読は津原泰水テルミン嬢」 、円城塔「文字渦」、飛浩隆「海の指」の三作。

その他の好みの作品は「滑車の地」 、「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」、

「大卒ポンプ」。

小川一水「アリスマ王の愛した魔物」も雰囲気的には好き。

面白さでは「海の指」、「滑車の地」が双璧。

スタニスワフ・レムの「ソラリス」に着想を得た「海の指」は

圧倒的な力の中で生き抜く人間たちの情念、悲哀が描かれ、

なんとも切なくなる読後感。

もしかしたらその一瞬が訪れるかもしれない期待は、絶望を伴うのだろうが。。。

悲哀と言えば不思議な味わいの「大卒ポンプ」。

ふざけた作品かと思いきや、・・・切ない。

「文字渦」は初読時より理解?できたかな。落ち着いて読めたので良かった。

「滑車の地」は目に浮かぶような世界観の描写が素晴らしい。長編で読みたい。

「allo, toi, toi」は非常に疲れる内容で、好き嫌いという誰もが持つ

心理的葛藤の突き詰め方と変遷が息苦しい。

主人公に対しては自業自得だと思いつつ、彼を突き放す最後に言葉が無い。


好き嫌いはあるかもしれないが、ハズレ感は無かった。

様々な切り口の作品群を読んでいると、今後も飛躍的にすそ野を広げていく

SFの可能性を感じる。

日本SFの現在を知るには良い作品集だった。

勿論、パート2も入手済み。

 

【収録作品】
小川一水  :「アリスマ王の愛した魔物」 
●上田早夕里 :「滑車の地」 
田中啓文  :「怪獣惑星キンゴジ」 
仁木稔   :「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」 
北野勇作  :「大卒ポンプ」
神林長平  :「鮮やかな賭け」 
津原泰水  :「テルミン嬢」 
円城塔   :「文字渦」
飛浩隆   :「海の指」
長谷敏司  :「allo, toi, toi」