吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

爆発物処理班の遭遇したスピン

著者:佐藤究
出版社:講談社


長編だと思って読み始めたが、短編集だった。


■「爆発物処理班の遭遇したスピン」

量子力学とテロを結び付けた表題作は緊迫する状況の中、

現実にありそうな米軍と日本の関係性と結末はリアルさを伴い、唸らされる。


■「ジェリーウォーカー」

CGクリエイターの創り出すクリーチャーはまるで映画を見ているように

映像が浮かび上がってくる。

ラストも映像的で面白い。


■「シヴィル・ライツ」

今やしっかり法律で身動きがとりにくい暴力団の閉塞感が何とも阿呆っぽいが

残虐性と気持ちの悪さが平山夢明の作品みたいな印象。


■「猿人マグラ」

夢野久作の「ドグラ・マグラ」を題材に都市伝説を紐解く内容だが

ラストに思わぬオチが提示され唖然。


■「スマイルヘッズ」

画廊を経営しつつ、裏ではシリアルキラー(連続殺人鬼)のアート作品の

コレクターという顔を持つ主人公の顛末が描かれるが、

これはちょっと先が読めてしまったかな。


■「ボイルド・オクトパス」

退官した殺人事件を扱った警察官をテーマとして取材する男が味わう恐怖は

当初著者の経験談かと疑ってしまったが、闇に囚われてしまった狂気は

身近にありそうで怖い。


■「九三式」

第二次大戦後の荒廃した日本で生きていくのは大変だったことだろう。。

と、ついこんなことを考えてしまうくらい、これも実話じゃないかと思わせる。

経験談を語っているのか妄想なのか曖昧模糊として気が滅入る。

抑えた文体が効果的。


■「くぎ」

「テスカトリポカ」のパイロット版のような作品。

主人公の成長物語と読める内容で、本短編集のラストに持ってきてくれて正解かな。

 

どの作品も気が重くなる内容で、様々な形の暴力性、残虐性、狂気が表現されている。

誰もが心のどこかに同じような思いを持っているのかもしれない、

いつか自分にも同じ境遇がやってくるかもしれないと考えると身震いする。


様々な分野の記述に説得力があり、具体的な知識を得るために参考資料を

きっちり読み込んでいるのが伝わってくる。

気分が乗った時に限るが、過去作をもう少し読もうかな。

 

地図と拳

著者:小川哲
出版社:集英社


日清、日露戦争から第二次大戦の終焉まで、満洲国の架空都市を舞台とした

国家の建設と戦争をめぐる群像劇。

日本、中国、ロシアの思惑と登場人物の理想と野望が複雑に絡まり合いながら

歴史を紡いでいく。


戦争構造学研究所を主宰する細川が、日本の敗戦を予測ながら戦争への道を

止められず、それでも未来に対して布石を打とうとする姿が印象的。

巻末の参考資料にも猪瀬直樹の「昭和16年夏の敗戦」があったので

戦争構造学研究所は「総力戦研究所」がモデルだと思われる。

とにかく巻末にある膨大な参考資料も圧巻。

事実を織り交ぜているのでリアルなストーリーは読んでいて気が重くなる。

それでいて展開を知りたくて読む手が止まらない。


「ゲームの王国」同様、理想と現実を小川哲らしさく描き、

600ページを超える大作を締めるラストの情景は切なく、儚く、

長い余韻を残す。

 

ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー

著者:石川宗生/宮内悠介/斜線堂有紀/小川一水/伴名練
出版社:講談社


メンツが面白そうなので読む。

表紙がモロにラノベなのだが、今年読んできた日本SFの表紙がどうもラノベ風が多く、

買うのに抵抗が無くなってきている(笑)

ところで講談社タイガなるレーベル、知りませんでした。


様々な時代の歴史改変作品だが、それぞれ味があって楽しめた。

石川宗生の「うたう蜘蛛」は踊り続ける奇病を収めるための

錬金術師(パラケルスス)の対策が何とも。

雰囲気は良かったが他の作品に比べると物足りない。


宮内悠介の題名を含む開高健ネタは安定の面白さ。

事実と想像力が抑え気味の文体で絡まり、スッと読めてしまう。


斜線堂有紀の平安時代を舞台にした和歌と詠訳(英訳)という発想が

新鮮で驚かされた。

シチュエーションは違うが伴名練の「百年文通」と雰囲気が似ていると思うが

いかがだろうか。

小川一水の「大江戸石廓突破仕留」は玉川上水に毒を流した犯人を捜す

ミステリー調の作品だが、江戸の状況が徐々にわかってくると

なるほど改変SFだったことに気が付かされる構成はなかなか面白い。


ラストは未来の権力者たちの思惑によって繰り返される

ジャンヌ・ダルクの処刑の経緯と結末を描く伴名練で締める。

様々な人間の心理描写と結末への流れが空しかったり清々しかったり。


表紙で判断してはいけないアンソロジーだった。

 

【収録作品】

石川宗生        :「うたう蜘蛛」

宮内悠介        :「パニック――一九六五年のSNS

斜線堂有紀    :「一一六二年のlovin' life」

小川一水        :「大江戸石廓突破仕留」

伴名練         :「二〇〇〇一周目のジャンヌ」

 

蹴れ、彦五郎

著者:今村翔吾
出版社:祥伝社


戦国時代のスター的な武将たちではなく、名前は知っていても

あまりスポットが当たってこなかった人たちににフォーカスしている短編集。

どの話しも著者の描く人物は爽やかで慈悲深くそして自らの信念に従う様が心地よい。

今川氏真の表題作、北条氏規を描いた「狐の城」が好きな作品だが、

その他の話しも全て面白く読めた。

ホラーめいた 「三人目の人形師」は本短編集のなかでは特異な存在だが、

こんな話も書けるのかと驚いた。

実在した人形師なので画像検索してみると、

想像以上に凄いクオリティの人形なのでマジでゾッとした。


そして「あとがき」がとても素晴らしい味付けとなっている。

長編は読みごたえのある作品ばかりですが、短編集も良いですね。

 

【収録作品】

「蹴れ、彦五郎」 「黄金」 「三人目の人形師」 「瞬きの城」 「青鬼の涙」
 「山茶花の人」 「晴れのち月」 「狐の城」

流浪地球

著者: 劉慈欣
翻訳:大森望/古市雅子 
出版社:KADOKAWA


爆発する太陽から逃れるために地球ごと太陽系から脱出しようとする

「流浪地球」を筆頭に、「三体」同様、スケールの大きな作品が多い。

ただ「三体」のスケール感に驚いたせいか、

それぞれ楽しめる反面さほど大きな驚きは無かった。

その中にあって、中国の社会背景と貧しさの克服だけではない

矜持と忍耐強さを併せ持つ仕事ぶりと宇宙を組み合わせた

「中国太陽」は最も印象に残る作品だった。

中国の社会背景の影の中にあって、しなやかな強さが光りをとなっている。


タイプの違う今回の短編集を読んで思ったが、

劉慈欣が宝樹の「三体X」を公認した理由が何となくわかった気がする。

ちょっと似ている部分があるんだなと。

深堀りはしないが(笑)

 

 

【収録作品】

「流浪地球」 「ミクロ紀元」  「呑食者」 「呪い5・0」

「中国太陽」 「山」

危機の外交 岡本行夫自伝

著者:岡本行夫
出版社:新潮社 


テレビでたまにお見かけする程度で、人物や仕事のことは正直よく知らなかった。

コロナで亡くなってしまったが、本書を読み、もう少し活躍してほしい

人物だったと思う。

 

日本の外交は一体機能しているのだろうか?

常々危惧していたので、著者の具体的な経験と考え方を知ることは

非常に勉強になった。

日米同盟の大切さを説きながらアメリカに対する憤り、日本の官僚組織に対する怒り、

そして日本に対する熱い思いも十分伝わって来た。


国際関係は話せば理解し合えるわけではないし、

金を配れば解決することでもない。

話し合いをするためには様々な力を持たないと、

その場にすら立てないという事実。

冷徹な判断ができない国、汗をかかない国がどうなるか、

そして他国からどう思われるか、考えさせる内容だった。

とは言え、普通の人間関係同様、人と人の繋がりやぶつかり合いが

とても大切なコミュニケーションであることも再確認できた。

今の日本にどれくらい魅力的な外交官がいるのか不安ばかりだが、

きっと素晴らしい人物が見えないところで頑張っていてくれると信じたい。

 

ベストSF2022

編集:大森望
出版社:竹書房


大森望が選ぶ2021年の短編SFベスト10。(中編がひとつ)

なぜか不思議な生き物を扱う作品多し。

良かった作品は酉島伝法の「もふとん」と伴名練の「百年文通」。

眠りの質が悪い者としてか結果がどうあれ取り敢えず「もふとん」を手に入れたいぞ。

ただ作中で描かれるブラックな社会背景は遠慮したい。

十三不塔「絶笑世界」で描かれる笑わせない漫才コンビ

電信柱に恋する女性を描く坂崎かおる「電信柱より」など不思議な設定の作品は

妙に切なかったりする。

中編「百年文通」は大正と現代をつなぐ机を通して二人の少女の交流が伴名練らしい

世界観で描かれる。

百合系SFを読んで面白いと思っている自分にちょっと戸惑うが(苦笑)

素直に勢いで楽しめた。

ちなみに「無断と土」には歯が立たず。

「異常論文」に手を出さなくて正解だったかも。

 

本作品中、唯一読んでいた(「ポストコロナのSF」収録)津原泰水さんの

「カタル、ハナル、キユ」の読後に訃報に接して愕然とする。

架空の文化とパンデミックを濃密に物語る力作で初読時より

面白く読めたなと思っていたのだが。

確かに自身のあとがきに闘病中で長い文章が書けないとあったが、

まさかこんなことになるとは。。

衝撃を受けた名作短編集「綺譚集」と「11 eleven」だけではなく、

幽明志怪シリーズやたまさか人形堂シリーズなど、

様々な分野で楽しませていただきました。

感謝を添えて、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

【収録作品】
酉島伝法:    「もふとん」
吉羽善:        「或ルチュパカブラ
溝渕久美子:    「神の豚」
高木ケイ:        「進化し損ねた猿たち」
津原泰水:    「カタル、ハナル、キユ」
十三不塔:    「絶笑世界」
円城塔:        「墓の書」
鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座):    「無断と土」
坂崎かおる:    「電信柱より」
伴名練:        「百年文通」