吉祥読本

読書感想。面白そうな本なら何でも読みたい!

2022年の10冊

歴史的に見ても色々あった2022年もいよいよ終わります。
新たに感想はアップしませんが、少しづつ再読していた亡き津原泰水さんの
短編集「綺譚集」をギリギリ本日読み終わりました。
やはり傑作です。

再読とか上下巻などありますが、目標としていた60冊にようやく届きました。
ということで今年も自分の読書を振り返り、印象的な10冊をセレクトしました。
今年は小説と、それ以外(ノンフィクション・評伝)で5冊ずつです。
ランキングではなく、それぞれ読んだ順です。


■ノンフィクション・評伝

 

星新一の思想 ――予見・冷笑・賢慮のひと
 浅羽通明

 

イカはしゃべるし、空も飛ぶ―面白いイカ学入門 〈新装版〉
 奥谷喬司


映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形
 稲田豊


決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月
 秋場大輔


語学の天才まで1億光年
 高野秀行

 

■小説

 

塞王の楯
 今村翔吾


同志少女よ、敵を撃て
 逢坂冬馬


残月記
 小田雅久仁


なめらかな世界と、その敵
 伴名練 


地図と拳
 小川哲

 

来年も良い作品と出会えますように。

 

イクサガミ 天

著者:今村翔吾
出版社:講談社


三部作とわかっていながら我慢できずに読んでしまった。

明治時代に繰り広げられるデスゲームはあっという間に読めてしまうので

やはり全部出版されてから読めばよかった。

個性的な登場人物が次々登場、退場を繰り返しし目まぐるしい。

重要人物の背景はきちんと描かれているので分かり易い。

構成は非常に映像的で戦う姿が目に浮かぶよう。

とにかく、早く続編を!

アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション

翻訳:岸本佐知子柴田元幸 
出版社スイッチ・パブリッシング


岸本佐知子さんと柴田元幸さんという大物翻訳家二人が

日本でほとんど翻訳されていない作家の短編をセレクトするという企画。

お二人の尖がったセレクトはなかなか手ごわい作品揃いのため

正直なところあまり理解しきれていないが、いずれの作品も妙な感触が残る。

岸本佐知子さんは特に「らしい」セレクトでいつもながら感心させられる。

 

これらの中では「大きな赤いスーツケースを持った女の子」と

「オール女子フットボールチーム」が印象的。

異様かつリアルな湿度感と複雑な心理描写が見事な「アホウドリの迷信」は

表題作にふさわしい作品。


実は作品の間に差し込まれる対談「競訳余話」がとても面白い。

 

【収録作品】

岸本佐知子
「オール女子フットボールチーム」 : ルイス・ノーダン
アホウドリの迷信」 : デイジー・ジョンソン
「野良のミルク」「名簿」「あなたがわたしの母親ですか?」

 : サブリナ・オラ・マーク
「引力」 : リディア・ユクナヴィッチ

柴田元幸
「大きな赤いスーツケースを持った女の子」 : レイチェル・クシュナー
「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」 : アン・クイン
「アガタの機械」 : カミラ・グルドーヴァ 
「最後の夜」 : ローラ・ヴァン・デン・バーグ

 

語学の天才まで1億光年

著者:高野秀行
出版社:集英社インターナショナル


高野さんの、一見緩さしか感じさせない(笑)過酷な冒険の数々に必要な言語を

どのように取得してきたかが語られる。

実物のノートの写真を見ると案外几帳面で意外にも(失礼!)綺麗な字を

書かれるなとか感心してしまった。

破天荒なチャレンジは高野さんの真面目さ故に成立してきたのかな。

当然、過去の作品を思い出させてくれることにもなるし、

高野さんの青春を一緒に振り返っているかのようで微笑ましく読めた。

 

小学校の頃英語を習っていたけど身につかなかったなあとか、

香港で言葉の行き違いからお土産屋さんと口論になったこととか

スイス人と一緒に仕事してお互いもどかしかった頃や

その他諸々の自分の言語絡みのあれやこれやも思い出せたし。

 

外国語に向かい合う心構えなど、

若い頃に本書を読んでいたらとても参考になったろうなあ。。

ということで、学生の方々には是非読んでいただきたいと思う作品でした。

 

2030半導体の地政学-戦略物資を支配するのは誰か

著者:太田泰彦
出版社:日経BP日本経済新聞出版本部


出版が1年前のため、最近の状況をある程度知っていると古い情報もあるが

半導体を巡る世界の動向、流れを概ね掴むには良いかと。

かつて半導体王国だった日本のこの分野での凋落は、

そのまま国力の低下にも繋がっているのだと思う。

この分野では台湾、アメリカ、中国、韓国が激しく戦っており、

素材や装置でこそ存在感があるが、いずれそれらも各国の追い上げが予測される。

中国の台頭とロシア・ウクライナの戦争の影響で最近ようやく重い腰を上げた

日本と企業群が世界に対する存在感を見せるのはきっと最後となるタイミングだが、

取り敢えず動き出したことは評価したい。偉そうだが。

今後も目まぐるしい動きが予測され、本書は2030年には

きっと陳腐な内容となっているでしょう。

とにかく日本企業の国際競争力と外交能力の向上を期待したいのだが。

何度も失敗してきた日本政府には、せめて口を出し過ぎて

混乱させないようにして頂きたい。

 

機能獲得の進化史

著者:土屋健
監修:群馬県立自然史博物館
出版社:みすず書房

 

生物の獲得した機能と進化を「攻撃と防御」 「遠隔検知」 「あし」 「飛行」 「愛情」 の5章に分けて解説している。

イラストも豊富で読み易い。

軟組織である眼や生殖器などは化石としてほとんど残らないため、

骨の形の変化などから進化の過程を推測し、各機能の役割の変遷を辿るのは

大変な労力だろうが、読み手としては面白い。

生きるためには食べる、機能を獲得した生物は防御の無い生物を捕食し、

食べられないためには防御を強める機能を獲得し、生き残ろうとする。

気が遠くなる年月をかけながら進化することを改めて思い知らされる。

翼竜の時代には卵は産みっぱなしだったようだが、地熱を使ったり、

植物の腐食熱を使ったり徐々に工夫して孵化させるようになり、

現在の鳥類に進化するに従って羽毛で温めるようになったらしい。

翼は飛ぶためというより温めるものとして発達したというのは驚かされる。

確かに飛べない鳥もいるしね。


道具が無いと圧倒的に弱い人間は、これからも様々な道具を

進化させていくことになるのだろうけど、

地球や他の生物からするときっと迷惑なことだろうなと思う。

いや、人間にとってもそれが本当にいいことなのかは、ちょっと・・・

 

幻想と怪奇 傑作選

監修:紀田順一郎荒俣宏
出版社:新紀元社


雑誌「幻想と怪奇」は古書店で見かけることはあったが読んだことは無い。

1974年に休刊し、2019年に復刻したようだ。

73年~74年の12号からの傑作選で、短編やエッセイ等バラエティに富んでいる。

ラヴクラフトと乱歩の評論は読みごたえがあって面白かったし、

おどろおどろしい古めかしい短編も楽しめるものが多かった。

スピルバーグの「激突!」まで取り上げられているのは意外だったが。


当時の雰囲気が感じられるだけでなく、紀田順一郎荒俣宏両氏の熱意と

苦悩が伝わってくる。

紀田順一郎荒俣宏両氏の序文は当時のことが知ることができて興味深いが

収録されている各号の編集後記がより当時の空気感と存続を憂う危機感を

伝えてくれる。


「幻想と怪奇」の前身となる同人誌「THE HORROR」(全4巻)も復刻されており、

当時の印刷の粗さが何とも愛おしい。

文字の掠れや印字の揺らぎは驚かないが、時たま手書きの文字で修正されていたり、

多少読みにくいところも散見されるが同人誌らしい味があって楽しめた。

この分野が好きな人にとっては貴重な資料にもなりますね。